五社・大明神社(春日井市)638番目
五社。
祭神 素戔嗚尊、大碓尊、日本武尊、菊理比賣命、天目一個命
大碓尊とは、小碓尊と呼ばれた日本武尊の双子の兄と言われています。
ヤマトタケが東征の折、本来ならば大碓尊が向かうはずでしたが、おののいて隠れてしまったんです。あまりにも恐れるので景行天皇は美濃に封じます。
ホツマツタヱ39あや
やまとたけ さきにはとみら
にしおうつ ひかしをうつは
もちひとそ ときにおほうす
わななきて のにかくるるお
よひめして きみせめいわく
いましあに しいてやらんや
おそるるの あまりとみのお
まもらしむ
モチヒトはオホウスのイミ名です。高蔵寺は高蔵山の麓に広がる街であり、岐阜県との県境に位置します。大碓尊の息がかかっていたのかもしれません。
天目一個命は製鉄・鍛冶の神と言われています。
桑名の多度大社のアマツヒコネノミコトの息子です。
多度大社由緒
多度神社の御子神で御父を助けて北伊勢地方を開拓せられ、我が国金属工業の祖神でもあり、天変地異のあるごとに現に御霊を現わして所難を救い給い、時に応じて龍神として天翔り干天に慈雨を恵み給うという信仰もあって古来神殿には御扉を設けない
背後には高蔵山があります。
当社は熱田さんの奥宮ということですから日本武尊も祀られているのですが、後世に合祀となったと考えられます。
というのは、この高蔵山の存在があるからなのですが。
なぜこの地に高蔵と名づくお山があるのか。
名の由来であろうタカクラシタは、神武天皇の御代、スベオシカとして全国の不穏分子を平らげて回りました。その後紀國造として12年間をすごした後、越国を与えられます。
その子孫が紀の國から奈良へ伊賀へ桑名へ熱田へと移り尾張一族の源流になったといわれています。そして熱田ー春日井高蔵寺ー多治見ー恵那ー伊那へのルートが見えてきます。
伊賀にもタカクラシタを祀る高倉神社があります。
尾張一族がタカクラシタを祖と祀ることは、大きな意味があったに違いありません。
高蔵社。640番目。
御嶽大神。642番目。
三笠山大神。643番目。
思兼大神。644番目。
オモイカネがここに。ルートを辿れば恵那から伊那へという道がありますが、伊那の手前、阿智村はオモイカネの御座所です。
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