神社八柱神社の一角、中間の駐車場の横にある香良須神社。
由緒書きも何もないのですが、以前調べた時は
イザナミノミコトを祀るということで、
黄泉の国の入り口か・・・などと思っていたところです。

よくよく調べてみると、この神社は豊田市にもあり、
同じように八柱神社と隣り合わせにあるとのこと。
そして、祭神は雅日女命。
案ずるに往古伊勢国雲津より勧請すと言う天照大御神の最も親愛し給う神にして神御衣を織らしめ給えり。依て婦女子に対する芸工芸、婦人病等守護し給うなり。
豊田市の香良須神社の鳥居は朱と言うよりは赤色です。
”天照大御神のもっとも親愛し給う神”とはものすごい賛辞ですよね。
このワカヒメは和歌の名手であり、アマテルカミが朝な夕なに「あわ歌」を歌う功徳を直接問いかけたその人です。
アマテルカミの姉で一旦は捨てられたために妹となったとホツマツタエが教えています。
日本史に埋もれてしまった女神と言われている神さまなのです。シタテルヒメとも呼ばれて、ホツマツタエの中ではアマテルカミだけでなく、問題を起こしたソサノオにも心を砕いてアドバイスをしたりします。お名前が頻出するのですよね。記紀で漢訳されるに至って削除された情報がかなりあるんだなと言う事です。
埋もれたとはいっても、ワカヒメを祀っている神社が案外色んなところにあります。三韓征伐時、神功皇后に対する神託にワカヒメがいで、衣服・武具・船を朱塗で出陣し勝利を得たことから皇后に厚く信仰され風光明媚な玉で島に神殿を寄進を受けたという玉津島神社の他に、生田神社、世界文化遺産にも指定されている丹生都比売神社などは別格として、ヒルコ神社という名でもひっそりと数多く祀られているようです。
鳥居や建物の朱塗にはわけがあったんですね。
大日霊女貴命として祀られるところは横浜に本牧神社、福岡に天道神社があります。やはり、鬼門守護や武運長久に霊験あらたかと由緒にあります。
で、この香良須神社は香良洲神社という名前で、三重県津市にあるんですね。それを今回はじめて知りました。伊勢国雲津より勧請すと豊田市にある香良須神社の由緒にあったお社です。
そのお社が2012年8月に落雷被害に遭遇したそうです。
2012年と言えば12月「ミカサフミ」が発見された年です。
「ミカサフミ」というのは「ホツマツタエ」と同じヲシテ文字で書かれた左大臣家の古文書です。そのことによって失われた古代日本の本当の姿が現れてきているのですね。
ミカサフミの発見は日本古代を開くと同時に宇宙時代を開く大きな鍵だったようなのです。
発見から遡ること4か月、香良洲神社が落雷被害に遭ったことは不思議と言えば不思議です。
古代日本と宇宙時代を開くキーマンの1人は「ワカヒメ」なのでしょう。
目覚めなさい、と堅く閉まった扉をたたき壊したのでは?
ホツマツタエを学びつつワカヒメに大分興味が湧いてきたこのごろ。
ワカヒメはどこにおわすのか、と思っていたところ。
こんなに近くに。ひっそりと。その本来の姿を知られずに。
ひょっとして、今日のメインイベントは香良須神社のうけひ事だったかも。新しくいただいた右手の光柱、左手の光柱それぞれ納めました。
踵を返して見上げたお日様。

・・・それにしても、なぜカラスなんだろう?
香良洲の浜に夜毎御神火が出没し、雅日女命が出て生田神社からこの場に勧請したということらしいのだけれど。
ワカヒメが見事な回り歌で仕留めた憧れのアチヒコ(オモイカネ)さまが祀られる恵那山の向こうにある阿智神社の方向が、この場所からだとよく見渡せたのかも。
その阿智神社の近くに夜烏山という山があるのも面白い。

そして、豊田香良須神社はちょうど中間地点。
ちなみに東海市香良須神社は車で移動するルート上にあります。

香良洲神社―阿智神社ラインは、日本構造線と並行して走っています。そして東海市の香良須神社は、知多半島を縦断する加木屋―成岩活断層の起点に位置するんですね。

さらに、雅日女命が神功皇后に知らせて鎮座する玉津島神社、その前身にある丹生都比売神社との位置関係はいろいろとイマジネーションのふくらむ物となっています。
ジオパシックストレス調伏のためにこれらの神社が何らかの役割を担っているのかもしれません。
右矢印香良須神社(愛知県東海市)
祭神 雅日女命
右矢印ライトピラーについて