最終更新日 2015.5.30

二日目の行程です。
神社13カ所目熊野那智大社。44番目
飛瀧神社からすぐ。駐車場代800円を払っても近くまでいいって時間短縮。
飛瀧神社にしてもですが熊野古道を歩く年輩の方が本当に多いのですね。すごいです。
雨に煙る那智大社。


これまで回ったところと参拝客の数が違います。
休日は混むのでわざわざ平日にやってきているのですが、続々とシニアの方々が階段を上ってきます。人気ありますね~。

熊野三山は今回のツアーの中ではそれほどこだわっていなかったので、由緒など改めて事後勉強しています。
世のオエクマを集める地。修験道の地。そのような先入観があったせいもあるのでしょうけれど、飛瀧神社の光満ちた空気は意外でしたし、歓迎されている感があってとっても嬉しく感じました。正直にいえば帰った日にお風呂に入りながら思い出して涙がにじみ出てきました。ありがたくて。特に瀧の神さまが。。。
さて、由緒をよくよく見てみます。

熊野那智大社の祭神は、イサナミです。祭司はナチノワカミコと呼ばれたアマテルカミの息子クマノクスヒのはずです。
不思議なことにその名がどこにも見当たりません。
クマノフスミノカミ・・・クマノクスヒノカミ・・・訛ったのかな。訛ったのかもしれませんが、それはイサナミの孫に当たる英雄的人物のことだと思うんです。
六ハタレ討伐でいよいよアマテルカミが御出陣の時に御側に侍うのが次のメンバーです。
セオリツヒメ  マフツのヤタノカガミ係り
アキツヒメ   クサナギのヤツルギ係り
イブキドヌシ
クマノクスヒ
それは大祓祝詞のメンバーと三人まで同じです
セオリツヒメノカミ   諸々の罪穢れを川から海に流す
ハヤアキツ姫ノカミ   諸々の罪穢れを海で飲み込む
イフキドヌシノカミ   海にのみ込んだ罪穢れを根の国・底の国に息吹を放つ
ハヤスサラヒメノカミ  根の国に持ち込まれた罪穢れをさすらって失くす
役割はほぼ同じなのでしょうが、大祓祝詞では「ハヤスサラヒメ」に置き換えられてしまっています。ハヤスサラヒメの名をホツマツタエには見つけることができません。※スサノオが一目ぼれするハヤスウヒメはハヤコ大蛇の犠牲になって散ります
本来ならば大祓祝詞に宣るべき御名はクマノクスヒではないのでしょうか?
他の大社やその後の調べでクマノクスヒさんが丹生都比売神社に合祀社 八王子神社に祀られていると知りました。
丹生都比売神社は今回ツアーの本命でもありましたが、合祀社、摂末社のことを殆ど調べてませんでした。
「高野御子」とはひょっとしたら「イブキドヌシ」かもしれないと勘ぐる私ですが、イブキドヌシとクマノクスヒは共通点が多いんです。極めつけはハタレ討ち出陣の件なのですが。本来イブキドヌシが祭神であるはずの本拠地金刀比羅宮には祓戸に名があるだけのようですし、那智大社でのクマノクスヒの扱いと似ている気がします。
そのままの名が残っていない何か原因でもあったのでしょうか。
この時代の紀伊半島の情勢を知りたくなりました。
神社
二人(イブキ・クスヒ)にとっては年の近い甥にあたるご嫡男クシタマホノアカリがイカルガの地に最初の宮を持ちます。けれどもカラスが庭に降りたことを騒ぎ、クシヒコらが止めるのも聞かずアスカ宮(のちのカグヤマ宮)に移っているようです。このときにクシヒコ―コモリと継がれた大物主の副をつとめていたのがクスヒの子アメノトマミです。カグヤマ宮の反対勢力に付いたとみられています。クスヒの子孫はその後ホツマツタエから姿を消しています。
クシタマホノアカリには子どもがおらず、妻の兄で従兄のアメノカゴヤマの子、タカクラシタを養子に向えます。のちのち神武東征の際に「フツノミタマ」をさずかり進軍を助けた方です。
しかしクシタマホノアカリさんの二番目のキサキであるハツセヒメに母子共に追い出されてしまいます。結局子なきハツセヒメも追い出され、再び呼び戻すもタカクラシタはカグヤマ宮へは帰らず、ホノアカリは後継ぎなきまま亡くなってしまったのです。アスカ宮を「カグヤマ宮」とかえたのはひょっとしたらタカクラシタをむかえるためだったのかもしれませんね。
なのにタカクラシタは宮を継ぐという栄誉を捨てています。よほどのことですよね。
結局、カミのヲシエによりアスカ宮の後をニニキネの孫ニギハヤヒが十種タカラと共に受け継ぐことになり2代カグヤマ宮となりました。
ニギハヤヒはニニキネの三人の御子ホノアカリムメヒト―ホノススミ(海幸彦)―ホホデミ(山幸彦)のうちのホノアカリムメヒトの子ですから、嫡流で神器も引き継いでいるという正統性を主張するには十分なのですね。そして、叔父甥かんけいの二人のホノアカリの世継子なのでした。>ちなみに、クシタマホノアカリはアスカ宮・カクヤマ宮であり、ホノアカリムメヒトは2代ハラ宮で、ほかへの移動はないようですから、新潟や尾張の祖としてホノアカリが祀られている不思議をかんじます。
クシタマホノアカリの弟ニニキネは国を開闢したクニトコタチの再来とも言われる優れた方でアマテルカミから十種たからを賜って2朝並立時代が始まったのです。
その家系はホホデミ―ウガヤ―神武へと続きます。
神武東征とは、ニギハヤヒの重臣で妻の兄ナガスネヒコ(タカキネのひ孫)のカグヤマ宮でのかってなふるまいを、当時ミヤザキノカミであったカンタケ(神武)が平定し、二朝並立時代を終わらせるたたかいだったのです。ニギハヤヒの子ウマシマチは10種神器をカンタケに渡して朝廷は一つにまとまります。ウマシマチはモノノベの任に就きアスカのカグヤマ宮はここで消滅します。
大和平定後「スベシカド」に就任したタカクラシタはキノ国造のオオムラジになります。さらに越後の地を賜ってヤヒコモリとなる大活躍をおさめ、けっかとして現在でもカグヤマノカミとして祀られるようになりました。もともと初代アスカ宮であるクシタマホノアカリがタカクラシタをむかえるために設けたカグヤマ宮だったのです。ニギハヤヒが2代カグヤマ宮を継ぎましたが、それはタカクラシタノ実の父の名でもあるのです。自らの出自をあきらかにしたのかもしれません。そして、アスカ―エチゴーオワリへとホノアカリのカグヤマの名は生き延びますが、タカクラシタを通してしか引き継がれる術を見いだせません。。
本質を見抜く先見力と抜きんでた才能をもってキノクニ一帯をも治めたタカクラシタがひょっとしたら熊野の鍵を解くキーマンかもしれないとも考えるのですが、「クスヒ」にどのようにかんけいしているかは今のところよくわかりません。

熊野三山にはすべてヤタガラスの立派なお社があります。
神武東征を先導し日本統一の道を開いたのですから恩人であり当然の扱いかもしれません。
けれども、ヤタガラスは論功行賞で山城に封ぜられているんですよね。
熊野にいらっしゃるカラスさんはイサナミの操るカラスさんだと思われます。
「くすひが くまのかみ まねけばからす やつきたる」クスヒが祀る祖母のイサナミを呼ぶや、8羽のカラスが一度にやってきて、鵺は魔術をとかれて誓文をかき家来たちは人間に戻ったということです。
クマノクスヒが六ハタレを討つ時に召喚したのは、イサナミのカラスで熊野に居るんです。
アマテルカミが神武東征のときに呼んだヤタガラスとはひょっとすると同じかもしれませんが、賀茂タケズミさんとは全く別の存在だと思われます。
イサナミの八羽からすの基は桃が嫌いな「悪鬼」「シコメ」です。だから、タケズミさんではありません。


祈願のために神馬を捧げる習わしがあったのですね。

ココにコンプリート。


神社熊野那智大社(和歌山県東牟婁郡)
祭神 熊野夫須美大神