最終更新日2015.6.27
神社十二神社。67番目
仕事先での参拝です。
今日は知多半島河和駅近くに参りました。

境内に遊具が設置され親しみやすい感じです。

祭神 木工理姫命(キクリヒメ)と、当社ではリケジョ的な漢字を使ってます。
ホツマツタエでは「キクキリヒメ」と称え名を贈られたとあります。
兄イサナキに待望の男の子が生まれ、生まれたばかりの赤ちゃんの名を本人が「ウヒルキ」と云い、その名の意味も聞き切ったという事で「キクキリヒメ」との称え名が付いた姫です。
キクキリヒメは後に夫6代タカミムスビとともにネノクニを治めシラヤマヒメと呼ばれるようになります。白山にに暮らした当時に、西のクニ(中国)の母と呼ばれる女性が教えを乞いにこの国にやってきた時に親交を深めて、その国で使われている乗り物をまねて山の中でも斜めにならずに進める籠を発明したそうです。その意味ではリケジョ的な発想力があったのかもしれません。
もっとも有名なのは、イサナミの死を悼むあまりイサナキがその亡骸に会いに行こうとした時に諌め、恥をさらしてしまったことに怒りを発したイサナミとイサナキとの仲立ちをするのがキクキリヒメでした。
生まれたばかりの赤子の声を聞く。死んだばかりの人の声を聞く。
キクキリヒメはこの世とあの世の境界線に居るヒメなのかもしれません。

もう一体の祭神 木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメ)
この神社の脇の階段を上って行くともう一つ神社があります。その祭神である大山祇神の下の娘です。
ニニキネは茨城県のニハリ宮を拠点して最初の新田開発を始めて豊かにしていきます。そしてハラミヤマにも新たに墾田していきます。ハラミヤマの大山祇神が下の娘アシツヒメを歓待の宴の御給仕をさせて二人を目合わせ、やがて子を生します。このアシツヒメこそ後のコノハナサクヤヒメです。
姉のイワナガ姫はニニキネの気に入られず、妹を嫉妬してお腹の子はキミの子ではないという嘘の噂をニニキネの耳に入れます。身の潔白を証明するためにコノハナサクヤヒメと三人の男の子は、出口の無い家に火を放って籠ります。「もし穢れある身ならばここで罷りましょう。」と。
しかし、ハラミヤマのこのしろ池に住む龍が駆け付け火を消し、姫と御子は事なきを得身の潔白を証明したのでした。そしてもう一つの証明。伊勢のアマテルカミにご報告しようとニニキネと姫と二人で向かう途中でその噂を聞いたニニキネは疑って姫をひとり置き去りに伊勢に発ってしまった時のこと。穢れが無い身ならば満開に花を付けましょう、とそこに桜を植えたヒメでした。その時の花も季節でもないのに満開に咲いた事に因んで「コノハナサクヤヒメ」と称え名されたのでした。

右側の配神は向こうから天津神・国津神、猿田彦命⇒参照、於止與命、大己貴命、高皇産霊命、軻遇突智命
於止與命(おとよのみこと)
ヤマトタケのキサキ、ミヤズヒメの父で尾張連。
関東を平らげて帰還途上のヤマトタケを迎えた家は 氷上姉子神社(ひかみあねこじんじゃ)と言われています。
大己貴命(おほなむちのみこと)
ソサノオの子で初代大物主。イズモを守りますが「カシマタチ」により、津軽の地へ配置替えとなります。それにもめげずにその地を豊かに耕していきます。
高皇産霊命(たかみむすびのみこと)
タカミムスビとは「家柄」の名称で5代タカミムスビがトヨケ神。6代タカミムスビは白山神。7代タカミムスビは高木神。
軻遇突智命(かぐつちのみこと)
なもはなきね
ひとなりは いさちおたけひ
しきまきや よのくまなせは
ははのみに すてところなき
よのくまお わかみにうけて
もろたみの かけをつくなふ
みくまのの みやまきやくお
のそかんと うむほのかみの
かくつちに やかれてまさに
おわるまに うむつちのかみ
はにやすと みつみつはめ

ホツマツタエでの表現です。
赤字は神様です。はなきねはソサノヲのことです。
ソサノオの非行による火遊びを止めようと、イサナミが祀った火の神カクツチに逆に焼かれてしまい自ら終わりました。あとには鎮火に用いた水と肥沃な土が残ったのでした。

御葦社、金比羅社
御葦社
神道辞典によりますと・・・
 葦刈神事は、四月から六月の間に所々の神社で行われる。
(一)氏子が葦を刈り取って、氏社の神に献供する神事。
(二)刈り集められた葦を神職が祓い清めて、河川湖海に流し、その漂着点を神意に適
した所として、其処に仮殿を造り、漂着した葦を「御葦」と云って奉斎する神事。
 愛知県津島市津島神社で六月十四日の夜に行われる御葦流し神事は、葦を束ねて、こ
れに疫神を託して川に流す。これが流れ寄った所には必ず疫病が起こると云う信仰があ
る。現在も行われているが、この葦が流れ着いた所では、発見者を施主にして祭を行う。
 愛知県の海岸には、この漂着地に関する伝説が多く、御葦天王社などの名で神社に祀
られた例もある。熱田神宮でも御葭神事があった。
〈葦刈神事アシカリシンジ〉
「葦・蘆・葭アシ(ヨシのこと)」
 イネ科の多年草。各地の水辺に自生。世界で最も分布の広い植物の一。地中に扁平な
長い根茎を走らせ大群落を作る。高さ約2m。茎に節を具え葉は笹の葉形。秋、多数の細
かい帯紫色の小花から成る穂を出す。茎で簾スダレを作る。

おそらくは「御葦」が河和の海岸のどこかに流れ着いたのでしょう。
どこから来た「御葦」なのかにもよるのでしょうが、津島神社の「御葦」は届いてほしくないかもショック!

明治神宮、橿原神宮
橿原神宮の祭神は神武天皇です。
只今、神武東征の頃からの動きを追っているのでキチンとご挨拶をしました。
ちなみすぎますが、明治天皇はアメノミナカヌシノミコトの生まれ変わりと言われています。
ニニキネがクニトコタチの再来とアマテルカミをして言わしめたこともありました。
そしてなぞの磐座。
今日は蒸し暑く日差しも強いのです。けれど、なんとなーく暗いですしょぼん


左側の配神は出前から春野社、伊弉諾命、国常主命、大名持命、大日靈命、少彦名命、天御中主命
伊弉諾命(いさなぎのみこと)
もともとはコシクニの息子で、第5代タカミムスビのトヨケ神に見込まれて娘のイサコ(イサナミ)の婿として、また7代アマカミとするべく迎えました。6代アマカミに世継ぎがなく、皇統を継いでいくための苦肉の策だったのです。当時のトヨケ神はヒタカミを治めていましたが相当な力を持っていたようです。日本の中心となるアマカミとして立つことを遠縁のイサナギとイサナミに託したのでした。
二人の新居は筑波山です。ここで最初の子、ヒルコ(後のワカヒメ)が生まれるのですね。
残念ながらヒルコは当時のしきたりに沿って捨てられます。トヨケ神が祈りに祈ってやっと生まれたのがアマテルカミでした。
フタカミが結婚したとき、はじめはうまく意思疎通ができないようでした。
言葉が各地方で異なっていたようです。そのためにイサナキ・イサナミは全国を回ってアワウタで言葉の乱れを無くし言語を統一していったということです。アワウタを構築したのはイサナキでした。
国常立命(くにとこたちのみこと)天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)
初代アマカミです。最初の”ヒト”であるアメノミナカヌシを祀りました。御嶽山を御神体としてます。
大名持命(おおなもちのみこと)
前出の大己貴命と同一神です。なぜ本殿の左右に二体?ひょっとしたらどちらかを息子の大国主命と混同したのかな?
大日靈命(おおひるめのみこと)
アマテルカミは生まれた直後自分の名を「ウヒルキ」と言っています。
その意味は、
「ウ」はおおいなり
「ヒ」はひのわ
「ル」はひのちたま
「キ」はきねぞ

ゆえにウヒルキの命なり、ということです。その意味を漢字に当てればなるほど、合ってますね。おおひる「め」ではなく「き」なのですけれども。
少彦名命(すくなひこなのみこと)⇒参考
オオナムチとともに地域をめぐって農業振興に努めました。オオナムチが津軽に去った後は、楽器をかき鳴らしつつひな祭りの由来について話して旅したということです。
春野社のすぐ手前になぞの磐座。

お稲荷さんの隣にもなぞの磐座。

そして地図で見ていた様子だとおそらくはこの階段を上るとあるはず。。。

アジサイの向こうに、ありました。

山之神社。68番目。お山の神さまですね。

工事のひとがお昼休憩で抜けている時間だったようです。
山道の落ち葉が雨であれば絶対すべるだろうと思いました。手すりでも設置するんでしょうかね。

北方稲荷社。69番目
祭神はウカノミタマ、カダマロ。ウケモチの神です。
お稲荷さんに付いてはこちらを。
神社十二神社(愛知県知多郡)
祭神 木工理姫命(キクリヒメ)
   木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメ)
神社山之神社(愛知県知多郡)
祭神 大山祇神
神社北方稲荷社(愛知県知多郡)