神社金刀比羅神社。91番目。
伏見通り沿い、交差点からすぐ南です。

祭神は大物主。
神武天皇のときに大物主の機能が分かれて物部氏が発祥しました。初代大物主はオオナムチ、2代クシヒコ、3代コモリ。アスカ宮の初期には2代クシヒコがホノアカリの右の臣で大物主でしたが諫言を聞き入れられず都落ちしました。
クシヒコはすぐにニニキネの臣としてニニキネ初の宮造営を任され、その功績によりヲコヌシ(大国主)のタタエナを賜ります。

総本山は四国にある金刀比羅宮です。こんぴらさんとして親しまれています。
7代アマカミのイサナキの時代、イヨツヒコが四国を治めていました。イサナキ・イサナミによる全国巡幸の際、あわうたに感激して四国の名をイヨとアワの二名を付けました。
8代アマテルカミの時代になり、イヨアワフタナが治まらないのでツキヨミを守として置きました。
ツキヨミはイヨツヒコの娘イヨヒメを娶り、イフキドヌシが生まれたのです。
ツキヨミは誤解からウケモチを殺した後、アマテルカミに冷遇されます。イヨに封ぜられたのです。息子のイフキドヌシは六ハタレ征伐の際にも大変な活躍をしイヨ、イフキ、タカノのカミを賜るのですが、なぜか今、本拠地四国にもツキヨミやイフキドヌシを祀る神社は少ないのです。
ツキヨミは四国で鬱々とした日々を過ごしたかもしれません。
息子のイブキドヌシは武力だけでなく能力高い方だったようです。
ウツロヰ、シナトベ、ミツハメなどの元素の守を自由に使いこなしたようなのですね。
そのようなカミが現在、セオリツヒメやハヤスサラヒメと同様に大祓え祝詞のなかに封ぜられて殆ど祓戸のカミとしての存在感として留まっています。
本来ならば金刀比羅宮にはツキヨミやイフキドヌシが祀られてもおかしくないと思えるのですが。
そのカミが、或るときタカマに牙を剥くときが来たります。
残念すぎるヤマトタケの死の原因はイフキドヌシの発したツララだったのでした。
ツララを浴びせた理由はどうあれ、ヤマトタケを死なせたイフキドヌシを朝廷側は許すことができなかったのです。
「瀬織津比売(せおりつひめ)」 もろもろの禍事・罪・穢れを川から海へ流す。
「速開都比売(はやあきつひめ)」 海の底で待ち構えていてもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込む。
「気吹戸主(いぶきどぬし)」 速開津媛命がもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込んだのを確認して根の国・底の国に息吹を放つ。
「速佐須良比売(はやさすらひめ)」 根の国・底の国に持ち込まれたもろもろの禍事・罪・穢れをさすらって失う。
という4柱の祓い戸の神は鏡の表裏のように、穢れ浄化の威力とは裏腹になんらかの災いを起こしているカミに見えます。ことの是非は長い歴史の中で量られることであり簡単に正邪を判断できるものではないです。
セオリツヒメは末っ子のわが子を皇太子に立てることに成功し、落ち度のあった最大のライバルである長子の母モチコを辺境の地に追いやっています。
モチコ・ハヤコ姉妹はやがて人々を苦しめる大蛇となるのですから穢れを見抜き祓う力があったのでしょう。アマテルカミご出陣の際に鏡を持って侍いました。
ハヤアキツヒメについては「アマガツ」という人型を子どもに降りかかる災いの依り代とする習慣をはじめた方です。カナサキの娘ですから海のカミです。アマテルカミご出陣の際には剣を持って侍いました。
イフキドヌシは、六ハタレ退治に活躍しアマテルカミご出陣の際には白黒のコマを揃えて侍いました。その後17代の時を経てあらぶるイフキカミとして登場し事実上の皇太子ヤマトタケを死に至らしめます。
ハヤサスラヒメとは、ヤマタノオロチと化したハヤコのことを言うようです。最終的にこのカミの功績は自らに世のヲエクマを集めることによってそれらを正しく見切ることができた印の天叢雲剣をソサノヲに渡したことでしょうか。ソサノヲ自身、そのような役割をもって前半生を生きてきたのでした。
祓え戸の4柱は諸刃の剣で、使い方を間違えると災いをなすカミだとして大祓えの中に封印されたのかもしれません。
四国の金刀比羅神宮は、ヤマトタケを死なせた罪により新たな社名を名乗り祭神を変更したということも考えられます。
それにしても、17代を経るうちにイフキドヌシの周辺に何が起きたのでしょうか。
あらぶるカミとなった理由は何なのでしょう。
このところ活火山の噴火が続いています。
ヤマトタケを襲ったのはツララ(強烈なブリザードと考えればいいのかな?)でしたが、やはり山の神様が荒魂をお見せになっているのかもしれません。地球が怒りを発しているのでしょうか。
矢印金刀比羅神社を出て、次の目的地青衾神社に向かう途中に見つけたのがココ。

源頼朝出生地はここなんですか!


神社金刀比羅神社(名古屋市熱田区)
祭神 大物主命