神社金山神社。135番目。

祭神 金山彦命
配祀 金山姫彦・石凝姫命・天目一筒命・天津真浦命

金山彦命 カナヤマヒコはホツマツタヱ6あやに登場します。
アマテルカミの12のキサキの1人、内宮に入ったセオリツヒメホノコの後を継いで南のスケにカナヤマヒコの娘、ウリフ姫ナカコがはいります。
内宮を別とした12人のキサキは、ハラミ・ネノクニから二人・ヤマシロ・ヒタカミから二人・筑波・筑紫から4人そして美濃のカナヤマヒコの娘を召しました。
カシマタチ(いわゆる国譲り)の際に、カナヤマヒコの孫アメワカヒコが、イツモに送りこまれたのですが、オオナムチの娘タカコと結婚し8年も戻らず、裏切り者としてタカミムスビの矢に当たり死去します。カナヤマヒコの血が絶えんばかりの時にアメワカヒコの妹オクラヒメの機転によりオオナムチの息子アチスキタカヒコと結婚することになり、血は絶えずに済みました。
      むかしなかやま
みちひらく かなやまひこ
まこむすめ したてるおくら
たかひこの いかりとかんと
みちかうた よみてさとせり
あめなるや おとたなはたの
うなかせる たまのみすまる
みすまるの あなたまはやみ
たにふたわ たらすあちすき
たかひこねそや
このうたに つつきもしれり
たかひこも いかりゆるめて
たちおさめ みとのみやひを
さとさんと こたえのうたに
あまさかる ひなつめのいは
たたせとひ しかはかたふち
かたふちに あみはりわたし
めろよしに よしよりこねい
しかはかたふち

七夕祭りを思わせる男女のみやびです。
機転を利かせた賢きオクラヒメを、ワカヒメの元に遣わして「下照」の称え名を賜る栄誉は父アマノクニタマの裁量でした。
カナヤマヒコの本拠地は南宮大社です。美濃の守であり、中山道を開いたカミです。

カナヤマヒコは鉱山を司どり、荒金を採る神とされ、鉱業・鍛冶など、金属に関する技工を守護する神とされています。(Wikiより)

 
石凝姫命イシコリトメはホツマツタヱ4あやに登場します。
      このころきみは 
はらみやま のほりていわく
もろともに くにくにめくり
たみおたし ひめみこうめと
つきこなく たのしなきとて
いけみつに たのめおあらひ
ひるにのり かのめおあらひ
つきにのり いしこりとめ
ますかかみ いつくりすすむ
いさなきは あめおしらする
うつのこお うまんおもひの
ますかかみ まてにひるつき
なつらえて かみなりいてん
ことおこひ くひめくるまに
あくりこふ

マスカガミを「つきこ」を産まん思いのイサナキに鋳造り勧めるカミです。

天目一筒命(あめのまひとつのかみ)の記述はホツマツタヱには見られませんが、アマテルカミの第5子であるアマツヒコネの息子アメミカゲと同一人物であるという見方もあります。
残念ながら、ホツマツタヱにはアメミカゲの記述は殆どありませんが。
鍛冶のカミであり、「目一箇」(まひとつ)は「一つ目」(片目)の意味であり、鍛冶が鉄の色でその温度をみるのに片目をつぶっていたことから、または片目を失明する鍛冶の職業病があったことからとされているそうです。

天津真浦命(あまつまら)Wikiより
『先代旧事本紀』の天孫降臨の段では、「倭(やまと)の鍛師(かなち)等の祖、天津真浦(あまつまうら)」「物部造等の祖、天津麻良(あまつまら)、阿刀造等の祖、天麻良(あめのまら)」とあり、これらは天津麻羅と同神と考えられる。また、神号がついていないことなどから、天津麻羅は一神の名ではなく鍛冶集団(またはその祖神)の総称ではないかとする説もある。



金山という地名は、金山神社が由来となっているそうです。
熱田神宮の鍛冶職であった尾崎善光が自らの屋敷に勧請したのが始まりと伝わっています。
もともとは尾崎氏の住居だったのですね。
町中の神社であり、周辺では何時も工事をしていそうです。
今日も暑い中東となりは工事中でした。
拝殿の中に透けて見えるのはお神輿。ふいご祭りも11月8日に行われることが掲示板に張り付けてありました。
神社金山神社(名古屋市熱田区)
祭神 金山彦命
配祀 金山姫彦・石凝姫命・天目一筒命・天津真浦命