Temple鳳凰山 甚目寺。138番目。
漆部神社を鎮守とする観音さんということなのでこちらもお参りしました。

甚目寺観音は、推古天皇5(597)年、この地の入り江 (昔、伊勢湾はこの辺りまで海で入り江が
せまってきていました。)にて、漁網にかかった聖観音像を祀って以来1400年もの間、天下泰平・万民富楽・五穀豊穣の祈願所として栄えたそうです。
一遍上人絵伝によれば、一遍が弘安六年(1283年)尾張のくに、甚目寺に来た時、萱津の宿で夜枕に毘沙門天がお立ちになったといって、この寺に詣で、時の天皇、天智天皇の病気全快の願をかけ、観音にて七日間の 断食修行をしたら、天皇の病気が全快なされたと書かれています。
江戸時代には名古屋城主より寺領300石を受領し、尾張四観音の筆頭寺院として、その隆盛を天下に誇ってきたとあります。現在は、境内も整備され、三重塔・南大門・東門など国の重要文化財を抱え、愛知県内屈指の寺院として日々参詣者が絶えることがないそうです。
たしかに、夏休みでもアリ子どもたちの遊ぶ声のほか地元の参拝者の姿も。
で、発見したのは大わらじ。

わらじといえば、先日参拝した西尾市の砥鹿神社にも普通サイズの草鞋がいくつも奉納されていました。
この甚目寺以外にも仁王像に草鞋が奉納されることは沢山例がありますが、どんな謂れがあるのでしょう。
浅草寺の宝蔵門の仁王像の裏には大わらじ(4m)が奉納されるが、これは仁王の力を誇示し魔を退散させる意味があるとのこと。
善光寺や高野山,四国のお寺にも普通サイズのわらじが奉納されているが、これはわらじを擦り減らした参拝者が借用し次の霊場で新品を奉納するという仕組みがあったようだが今はわらじを使わないので,足が丈夫であるように健脚の神様の仁王様に祈願するようになったのだとか。
福島市の信夫三山(信夫山)にある羽黒神社の大わらじ ( 長さ12m・重さ2t ) は日本一と称され、古来より健脚を願って毎年2月の「暁 ( あかつき ) まいり」において奉納されています。
 大わらじは、昔羽黒神社に仁王門があり、安置されていた仁王様の大きさにあったわらじを作って、奉納したのがはじまりだといわれています。その後、伊勢参拝などの長旅に出かける人々が健脚、旅の安全などを祈って奉納するようになりました。やはり近年は無病息災・五穀豊穣・家内安全・商売繁盛も願っています。

阿形にも吽形のほうにも。
仁王像とは「金剛杵(仏敵を退散させる武器)を持つもの」の意味です。日本では寺院の入口の門の左右に仁王像が立っています。像の容姿は上半身裸形で、筋骨隆々とし、阿形像は怒りの表情を顕わにし、吽形像は怒りを内に秘めた表情に表すものが多く、裸足です。寺院内に仏の敵が入り込むことを防ぐ仏法護持の役割を担っています。
仁王さまはあくまでも「仏法護持」なのですが、日本の神さまでいうならばアマテルカミ出陣の4方位を護る「祓戸神」といえるのかもしれません。
祓戸神も、神社の入り口に鎮座し、よこしまなもの、穢れを神域に持ち込まないためにお払いをしてから本殿にお参りするのが筋です。
神域は高い周波数にあるものですから、草鞋の紐を締めてここで地に足を付けてきちんとグランディングしてからお参りする意味もひょっとしたらあるのかもしれませんね。
アラハバキ神の草鞋も同じ意味を示すと思われます。

駐車場の端にある案内にそこだけ赤字で「おさる様」という文字が見られます。
いったいなにはてなマーク
実は直前にお参りした日吉神社は神猿(まさる)に縁の深いお社です。
「まさる」で思い出すのはこのフレーズです。
ホツマツタヱ8あや
      とみあやまちて
よろものま ひきからしけり
またくすひ それはひとかや
ことくなり かえことあれは
ををんかみ つつやにいたり
みたまへは かたちはまさる
かおはいぬ そのもときけは
むかしはは まさるにとつぎ
よよおへて みなさることく

こうした異形を持ち”ものま”となったまさるもタマガエシをすれば次には人として生まれられると、アマテルカミがおっしゃった場面です。
このときの「まさる」と日枝神社に何か関係があるのでしょうか。
タケミカヅチ、フツヌシ、ツワモノヌシによってタマガエシを実施されたイツナという「まさる」は、四国から紀伊半島に渡り高野山に移動しています。ひのゑやま(比叡山)との関係はホツマツタヱではよくわかりません。
しかし猿の惑星ではないですが、桃太郎のお話に登場する猿・犬・雉が人間のごとくの働きをする様子がホツマツタヱには描かれています。それは「猿型宇宙人」なのかもしれません。
孫悟空も然り。今の感覚で言えば「鳥獣戯画」「御伽噺」になってしまいますが、宇宙は私たちの想像をはるかに超えていますから、「そんなの実在しない」という証明はできませんもんね?
猿型宇宙人が、人間より或る部分劣っていても、どこかで人間にはない特殊能力を持ち合わせているとしたら「カミ(リーダー)」となってもおかしくはありません。
てな感じに想像は広がるわけですが、さて、案内図にしたがって参ります。
1.四国八十八箇所のミニ霊場があります。
ここ毎日巡ったらすごいですよね。
2.は釈迦堂です。
右に薬師如来、左におそそ様をまつり、おそそ様は女性の肌荒れやあかちゃんの痣の平癒にご利益があると書かれてあります。
ちなみにおそそ様とは女性の大切な場所のことを言うそうな。

3.六角堂。本尊 地蔵菩薩。ご利益 学業成就、身体健康。
4.十王堂。閻魔大王を代表として冥府(あの世)にあるという、第一「秦広王」第二「初江王」第三「宋帝王」第五「伍官王」第六「変成王」第七「太山王」第八「平等王」第九「都市王」「五道転輪王」の十人の王の総称を意味しているものとのこと。三途の川で衣服をはがされ天国行きか、地獄行きか、閻魔大王により天秤にかけられます。生前の名声や地位は、今生のものであり、すべてをはぎとられその人の丸裸の人間性を裁かれる事を表しているそうです。 ご利益 往生安楽。

5.不動堂。東海三十六不動霊場の青不動様が鎮座します。重要文化財の青不動の掛け軸があるようです。不動明王とはシヴァ神の化身で、五大明王の筆頭。激しく燃えさかる炎を背後にし、眼光鋭く、右手には「降魔(ごうま)の剣」、左手には綱をもっています。そして、矜羯羅(こんがら)、制た迦(せいたか)の二童子を初めとして、八大童子などの使者を従えて、背後の猛火は、迦楼羅鳥の吐き出す火炎であり、「迦楼羅炎」(かるらえん)と呼ばれるそうです。ご利益 災難除け・交通安全。

6.大徳院。本尊 えびす大黒天。ご利益 商売繁盛、福徳開運。
7.法花院。本尊 聖観世音菩薩。ご利益 出世幸福。
8.秋葉堂。秋葉堂の本尊は、秋葉三尺坊大権現です。秋葉様は火防守護の御利益があります。秋葉堂の堂内、秋葉三尺坊大権現の左手に祀られているのは役行者。木像の倚像で前後鬼を従え、彩色が施されているそうです。ご利益 火防守護。

9.三重塔。本尊 愛染明王。ご利益 縁結び、耳の遠い人。案内によると、初観音(1/18)の時にのみ、内陣参拝が可能です。愛染明王が水を欲しがるので、ヒシャクを奉納するのですが、わざと底を抜いたヒシャクを納めて、早く願いを叶えて頂き、成就したら、底のついたヒシャクを納めるということだそうです。


10.弘法堂。本尊 弘法大師。ご利益 願い事成就。

11.明王堂。 本尊 烏枢沙魔明王。ご利益 下の病。いわゆる「トイレの神さま」です。実家の家は曽祖父が建てた古い家ですが、トイレに真言が貼られていましたっけ。今は改装されてますけど。もともとは「火の神さま」だそうです。

12.本堂。138番目。
本尊 聖観世音菩薩。ご利益 家内安全、厄除け。堂内には子宝に恵まれる霊験のある「おさる様」も奉っています。
ハタレ討ちの際に1万人の仲間がつかまって9900人が罷りタマガエシの対象になりました。その術により姿が「まさる」であった人々は「人」となって次々と生まれてきたことでしょう。
そういう逸話が「子宝に恵まれる」と表現できるのかもしれません。これも想像に過ぎませんが。


神社そして境内社として弁財天。139番目。
仏教の守護神である天部の一つ。ヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー(Sarasvatī)が、仏教あるいは神道に取り込まれた呼び名である。Wikiより

日本古来の弁財天は宗像三女神のことです。
「日本三大弁天」と称される、竹生島・宝厳寺、竹生島神社、宮島・大願寺、江ノ島・江島神社、天川村・天河大弁財天社Wikiより
いずれもタケコ・タキコ・タナコというアマテルカミの三人娘が祭神です。
姉妹の母ハヤコは、祓戸神ハヤサスラヒメだといわれています。ハヤコはアマテルカミのキサキの一人で、当時荒れていたソサノヲを慰めます。ハヤコの姉モチコも長男を産んだにもかかわらずセオリツヒメの子オシホミミに皇太子の座を奪われ恨みの炎をたぎらせていました。モチコ・ハヤコの心は大蛇のようにソサノヲに絡みつき非行を焚き付けます。そしてついにセオリツヒメの妹を死においやりソサノヲは下民に落とされ、モチコ・ハヤコは筑紫に謹慎となります。ハヤコの三人姉妹は母と共に、筑紫を治めていたムナカタのところに島流しにされたのです。ハヤコは姉妹を捨てて実家のある山陰や中国地方をさすらった末にヤマタノオロチとなりました。
海のカミであるムナカタの娘アヤコに育てられた三女神は島の守り神なのです。ちなみにアヤコは「那智の若御子」といわれたクマノクスヒの母です。
日本は島国ですから三女神にも護られている国なのですね。
こちらにも主祭神として祀られています。→竹島 八百富神社
神社白山大権現。140番目。
白山頂上本社と白山寺白山本宮は本地と垂迹の関係で、神道としては白山権現は伊弉冊尊であり、両神が即ち白山比咩神(しらやまひめのかみ)であった。しかし、1480年(文明12年)白山寺白山本宮が加賀一向一揆の攻撃で焼失して三ノ宮に移転して同座したが、吉田神道の『大日本国一宮記』に「白山比咩神社、下社(本宮)伊弉冊尊、上社(三ノ宮)菊理媛、号白山権現」と記されたため、この記載にある上社を移転先の三ノ宮ではなく白山頂上本社と誤認して、菊理媛神を白山比咩神や白山権現とする異説が流布し始めるに至った。
明治維新による神仏分離・廃仏毀釈によって、修験道に基づく白山権現は廃された。三馬場のうち、加賀国の白山寺白山本宮は廃寺となり、白山比咩神社に強制的に改組された。越前国の霊応山平泉寺も同様に廃寺となり、平泉寺白山神社に強制的に改組された。美濃国の白山中宮長滝寺は廃寺は免れたものの、長滝白山神社と天台宗の長瀧寺に強制的に分離された。
全国の白山権現社の多くは、菊理媛神を祭神とする神道の白山神社となっている。
Wikiより

白山神、と言うことであれば6代タカミムスビのヤソキネで、その妻白山比咩が多くの白山神社の祭神です。おそらく最後の記述のように、こちらも白山比咩=菊理媛神であろうと思います。
参考記事→十二神社 久麻久神社(西尾市八つ面町)
こうしたお寺は神仏習合の時代を色濃く残しています。
縄文の時代にはすでに日本にあった神々と船をわたってきた神々が協力・融合して日本の文化を造っていることに感じ入ります。
Temple鳳凰山 甚目寺(愛知県あま市)
本尊 聖観世音菩薩
神社弁財天(甚目寺境内社)
祭神 弁財天
神社白山大権現(甚目寺境内社)
祭神 白山大権現