Temple正式には「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」いいます。147番目。
1333年に岐阜に創建され、家康の命により1612年に現在地に移築したようです。
大須の大火の時と第二次世界大戦の名古屋空襲の際と、二回の焼失を経験し現在に至るそうです。
古事記の写本など多くの国宝・重要文化財を有し、尾張33観音の一番という事です。
遠目に見てもにぎわう境内。あ、そうか。今日は18日。観音さんの縁日だ。

北側から入るの、はじめてです。
待ち合わせの時間が迫り気が急くけれど、

うれしさがこみ上げてきます。

今日は格別な嬉しさがあります。
手を合わせていても、大黒様のような様子をしたおじさんたちがワイワイお祭り騒ぎの様相が脳裏に浮かんできます。ああ、大須なのだから布袋さまかな。
こう言うビジョンは二度めです。小さい大国主装束のおじさんたちがわっしょいと周りを取り囲んできたことがありました。洲崎神社からぞろぞろ付いてきた方々がいたようです。
日出神社に坐すワカヒメにも大師さまはご縁があります。

高野山と丹生都比売神社の関係を語る最古の縁起として、11世紀から12世紀の『金剛峯寺建立修行縁起』がある。これによると、弘仁7年(817年)に空海は「南山の犬飼」という2匹の犬を連れた猟者に大和国宇智郡から紀伊国境まで案内され、のち山民に山へ導かれたという。以上の説話は『今昔物語集』[原 3]等にも記載されており、説話における前者は高野御子神(狩場明神)、後者は丹生都比売神(丹生明神)の化身といわれる。Wikiより
丹生都比売神=ワカヒメの導きにより高野山金剛峯寺建立が成ったということです。
丹生大師と呼ばれる丹生山神宮寺の大師堂の奥にかわいらしい丹生都比売神社が祀られています。

短い時間でしたが来てよかった。18日生まれの私には観音さんはご縁のある場所なんです。
ふくふく。

Temple大須観音(名古屋市中区)
本尊 聖観音