かごめ本郷熊野神社に参拝しています。
今日もいい天気。
拝殿に手を合わせていると背後から人の気配が。
それよりも、背後からの日光がけっこうあったかい・・・はずなんですが、正面からじわ~と温かい気配に包まれ、不思議な感覚を覚えました。

オオナムチ様たちの境内社にお参りしましたが、先程の人が後ろで待っているのを感じ、早々に御前を辞しました。

かごめ14日の朝、突然「貴人」のことを思い出しました。
母とも慕うといいながら、離れて15年ほど一度も会いに行くことがなかったのです。
思い立って会いに行ったときには記憶が半分ぼやけて。
ただ「看板が違う」とだけ諭された。
当時はそんなことは無い、強い決意で選んだ道だと思っていました。
結局は貴人の言ったことは確かだったのです。
そのときにいただいた貴人の短歌集を紐解きます。
園を託そうとしていた息子さんに離れられ、いろいろ気苦労があったのでしょう。
「もう一度 幼児期に戻りたい でも戻れない 誰も同じよ」
そんな一句があった。
あれほど成し遂げたいことを成し遂げた貴人であっても悔恨を残しているのかな。
私は貴人から離れたことを後悔している。
今、あの時貴人がくれたオファーをやり遂げようとしてももう遠い記憶。
もちろん、資料はあのときのまま、保管したままだけれども。
あの時、直近に経験した「過去」を振り返る時間を惜しんだけれども、ひょとしてあれは「過去」を振り返ることでは無かったのでは?
アレを読んで未来の誰かの支えになることもできたのではないのだろうか?
かごめ私の決心は軽い。
決心したとしても変更することに躊躇は無い。だから、本当にそれが可能かどうかはわからないけれども、「卒園後20周年記念」の記しが書けたらすごいことだなと思う。
卒園後のみんなのなり行く方向がある程度見えた今だからできることでもあるし。
20年前の貴人のオファーに今でも応えられるだろうか。
※ちなみに「貴人」とは今の言葉で言うならメンターと似ています。
中学生のころの男子テニス部は県下一位の学校でした。
県のベストエイトに入った顧問に指導されていました。顧問には可愛がられて結婚式にもでていただきましたが、残念ながら女子の顧問では無く、私のテニスの夏は不完全燃焼のママ終わりました。
男子卓球部も県下一位で、やはり顧問がすごかったのです。
中学生のときにそんな経験をして「子どもの成長は先生次第」
「子どもが伸びるか伸びないかはどんな先生と出会うかにかかっている」
「その子が行く道はどんな道でどんな先生に出会うかで解る」
そのことを知りました。