神社白山神社(半田市)
半田の白山って、ちょくちょく通るところなのですが、不思議に始めて参拝しました。

全国の白山神社の中でも古い方だそうです。

祭神のシラヤマヒメは、イサナキの妹であり、6代タカミムスビ、ヤソキネの妻です。
アマテルカミが自分で名乗った名を聞き切ったのでキクキリヒメと呼ばれ、中国のウケステメとの親交についてもホツマツタヱで語られています。

ある時、アマテルカミが御子のクマノクスヒをお伴に二見浦で禊を行った時の事のこと、ここりひめ(きくきりひめ)から聞いたこととしてクスヒに伝えるには、
ホツマツタヱ15あや
くすひよくきけ ここりひめ
かたれることは とこたちの
やもをめくりて にしのくに
くろそのつみて かにあたる
なもあかかたの とよくんぬ
よよおさむれと としおへて
みちつきぬるお うけすてめ
ねのくににきて たまきねに
よくつかふれは みにこたえ
ここりのいもと むすはせて
やまのみつのく さつけます
よろこひかえる うけすてめ
ころひんきみと ちなみあい
くろそのつもる みこうみて
にしのははかみ またきたり
ころやまもとは おろかにて
ししあちたしみ はやかれし
ももやふももそ たまゆらに
ちよろあれとも ひひのしし
しなきみいてて ちよみくさ
たつぬとなけく 

建国の祖クニトコタチは西の国におもむき「あかかたのトヨクンヌ」を置いて治めました。
時がたつと国が乱れ、西の国のウケステメがやってきてトヨケ神に仕えました。その奉仕に心打たれてココリヒメと姉妹の契りを結ばせて、奥義ミチノクをウケステメに授けました。
それを土産に国に持ち帰ったウケステメでした。その後コロヒンキミと結婚し御子を為しました。そしてまたやってきて云うには肉食をする民が100年や200年の寿命しかなくなったことを嘆き、食すと1000年の寿命を得られるチヨミクサを所望したい、と。

それから大分後のお話し。
ニニキネがアマテルカミから三種の神器を受け取り、八州巡りに出ます。伊勢から発ちまずは兄の坐すアスカの宮に立ち寄りそこから西宮、播磨カンサキ、トヨケ神の神上がるマナヰに幣を治め、コヱネノクニに至ります。そこでは峰に向かう道であっても水平に乗れる輿が使用されていたので、誰がこれをつくったのか?とのたまった。
ホツマツタヱ24あや
ここりめいわく まこかなす
いとうけすてめ あかかたに
くろそのつみと うむみこお
ころひつくにの きみとなす
くろそのつめる きみのはは
けわしきみねの こすときに
みねこしつくり こおそたつ
いまここにきて まみゑなす
みまこよろこひ くにはこし
やまはみねこし

ミネコシは山の多い白山を夫と共に治めるココリヒメに、ウケステメから教えられたものだったのです。
シラヤマヒメは中国の母と姉妹の契りを結んだ方でした。
まだ生まれたばかりのアマテルカミのお声を聞き取るほど心の澄んだ方だったのでしょう。
また、イサナミの遺体と面会することを制止したのはこの方です。
霊的な本質、イサナミの心をよく理解していたのがシラヤマヒメでした。

ご神徳は、ものを括り結ぶ、という事で人と人のご縁やもの事との縁を結ぶというものです。
ホツマツタヱで見るならば、中国との姉妹関係を結び、アマテルカミとイミナを結び、イサナキとイサナミの霊界での関係を結ぶ、そういうことです。
拝殿の右側に分け入ると、真ん中にあるのは境内社の中で一番立派な金刀比羅宮です。


その左の方には

大峰神社。ご祭神は不詳です。場所的にこのあたりは山の峰に当たりますから、この山をご神体としているのかもしれません。

右側には、神明社。

そして熱田社。
本殿のすぐ隣は、松尾社と

山神社です。

松尾社と山神社のふもとにある、双樹に触れてきました。

やっぱり翌朝はぐっすり眠れ、ちょっとね過ごしてしまうほど。
なんか、寝言まで口走っていたそうな。「三人」と。
夢を見た記憶はあるけど、ね過ごした関係で記憶がぶっ飛びました。
夢の内容を思い出せず、「三人」の意味もわかりません。残念。
神社成岩白山神社(半田市)
祭神 菊理姫命