神社千代が丘椿神社。216番目。

朝、訪問先へ向かう車中、雲の様子がどうにも気になって。

羽ばたく音が聞こえそうな、雲。
お昼前に一つの仕事を終えて、次に向かう途中。
アオキスーパーの2階広場、というか。その一角に坐します。

椿神社。

祭神 猿田彦大神 天之鈿女命
ご神徳 方災解除 守護交通 航空海上安全 縁結び 芸能上達 無病息災 家内安全 家業繁昌
「総本社は日本最古の神社である、伊勢山一の宮椿神社から御分を奉載し」と由緒にあります。
総本社社伝によれば、猿田彦大神の末裔の行満大明神が修験道の開祖で役行者を導き、中世には修験神道の中心地となったようです。垂仁天皇時代の創建という事で西暦でいえば紀元前。2000年以上前に、倭姫に下ったご神託が切っ掛けであったということです。
総本社の末社には松下幸之助社があります。松下幸之助も尊崇したのでしょうか。

サルタヒコはもともと滋賀高島の鵜川に坐した大神でした。
ニニキネ八州巡りで鵜川に差し掛かった折のこと。
ホツマツタヱ24あや
かみのみまこの みゆきなす
うかわかりやに みあえして
あひまつなかた さるたひこ
うすめまたとふ いつれから
ゆくやこたえて われゆかん
またとふなんち しるやきみ
いきますとこお こたえいふ
きみはつくしの たかちほそ
われはいせのさ なかたがわ
なんちわかなお あらわさは
われもいたさん かえことす
みまこよろこひ うのはなも
またかさしゆく さるたして
たけのいわくら おしはなち
いつのちわきの よろいさき
たけやかかみの みおのつち
つむみかみやま いせきつく
さるたおほめて みおのかみ
このむうすめを たまわりて
そのなあらはす さるへらと
かくらおのこの きみのもとなり

サルタヒコの称え名としてミオノカミ、ツチカミがあります。そして獅子舞の元を作った神様です。
ニニキネに今後の行き先を示した道祖神としての名を残します。
鵜川をニニキネに譲り、自分はアマテルカミの御側、伊勢の南のナカタカワに行きました。
アマテルカミ神上がりの際に、マナヰに穴を掘ったのはサルタヒコでした。
アマカミとして国の辿った道のりを思い返しつつ、八百の神々に辞世を語ります。
ホツマツタヱ28あや
つらつらおぼす うえすして
はえるもあめよ わかいのち
あめかしらすと やもかみお
めしてわれよお いなまんと
さるたにあなお ほらしむる
まなゐにちきる あさひみや
おなしところと のたまえは

椿大神社創建に関わる倭姫は、アマテルカミのミツエシロとして、御霊の鎮まる場所を巡ってイソへに来ました。そして良き宮ところが南にあるとして使者ワカコをサルタヒコの元に送ったのです。
ホツマツタヱ36あや
さるたひこ わかこにいわく
われむかし かみのたまもの
さこくしろ うちみやにいれ
あらみたま やよろほまちし
かんたから あまつひつきの
さかほこき うつくしきすす
わいきたち かかんのんてん
ときまちて みちあらわせと
おほろけの ものならすかれ
こにもえす そのぬしおまつ
これさつけ なかたうまれの
つちきみは もとにかえらん
もちかえり つけよとてさる
おおわかこ かへりもうせは
やまとひめ うちにいたりて
みていわく これかんかせの
いせのみや みくさはまつる
みなもとと いやまひかえす
あくらいし

カミノタマモノを守ってミツエシロを継いだ倭姫を、長きにわたり待っていたサルタヒコに礼を尽くして、サルタヒコの坐した胡坐石を祀ったという事です。それが椿大神社の由緒だという事だと思われます。アマテルカミの5世孫神武天皇から数えて11代目垂仁天皇の御時のことです。
その倭姫から東征のおりに剱を賜り、成功して帰ったヤマトタケはその帰りイフキヌシのツララに倒れ無念の死を遂げます。ヤマトタケの葬送の先頭看板役を担当したのはサルタヒコでした。
椿大神社は願いを叶えるパワースポットだそうです。
長寿であり、惚れたうずめと夫婦にもなり、君としたうアマテルカミのもとで尽くし切った神さまです。ニニキネの行く先を先導し、ヤマトタケの葬送先導まで務めあげ、カミの仕事を全うした神さまです。
神社千代が丘椿神社(名古屋市千種区)
祭神 猿田彦大神 天之鈿女命