神社柳森神社(千代田区)236番目。
室町時代、太田道灌公が江戸城の鬼門除けとして、多くの柳をこの地に植え、京都の伏見稲荷を勧請したことに由来する神社である。
 また、おたぬき様と呼ばれる親子狸のお守は、勝負事や立身出世、金運向上にご利益があると信奉されている。椙森神社、烏森神社と共に江戸三森の一社と呼ばれる。


神田川の際に。
太田道灌はお稲荷さん信仰が深かったのですね。娘の姫のこともあるのでしょうが。

鳥居を入るとすぐに変わった形のおたぬきさまが。
なぜか、撮影せず。

おたぬきさん 福寿神由来
江戸開府以来年と共に制度も完備して暫らく太平の世を迎えた5代将軍の徳川綱吉公の御代、将軍の御生母、桂昌院様によって江戸城内に福寿稲荷と称して創建された。桂昌院様は京都堀川の生まれ。八百屋の娘が春日局に見込まれて、三代将軍家光公の側室となり5代将軍綱吉公の御生母となる。
大奥のお女中衆は他を抜いて(たぬき)玉の輿に載った院の幸運にあやかりたいとこぞってお狸様を崇拝したという。
後世、元倉前甚内際 向柳原のお旗本、瓦林邸内に祠を移し祭祀されるようになり、明治二年、現在の柳森神社に合祀される。
開運、諸願成就の福寿神として、殊に近年は他を抜いて受験、勝運、出世運、金運向上などにご利益があるとして信奉されております。
なお、当社に置いて頒布する”おたぬきさん”と呼ばれる土製の親子狸のお守りは素朴で大変愛されております。


ご神徳は「玉の輿」ですか!
思わぬ人に取り立てられて出世。素晴らしいですね。
きっと、気立てのよい娘さんだったんでしょうね。
もちろん器量もよかったことでしょうし。
気立てよく明るい人は男女の別なく心がすっと通っていて、人に光が伝わるのでしょう。
そう言う人に私もなりたい!

神社幸神社(柳森神社境内)237番目。

幸神社 ご由緒抜粋
幸神社はもと芝増上寺大門付近にあり岸の稲荷幸稲荷等と称されていました。ご創建は第百代後小松天皇の御代、足利義満の金閣寺と同じ頃とされています。増上寺の寺域拡張のため岸町の住人は神田に代地を受けて移りました。今の富山町の一隅に一祠を建立し富山町東松に町五百余戸の氏神と祀りました。昭和二十年太平洋戦争一段と激しくなった頃堂守りの某が暮夜密かに柳原宮司を訪ね着物の袖に巻いた御神霊を示し戦災からお守りできなくなったのでこちらで預かってほしいとのこと。一度は断ったが再三の頼みによりお受けしたのですがその直後○の空襲で富山町東松下町一帯が灰煙に帰してしまったのは単なる偶然だったのでしょうか。正式には昭和二十二年当社に合祀されました。

芝増上寺といえば、大僧正天海の風水上重要な役割を担う寺院です。
幸神社の創建は1397年ごろで、おそらくは氏子を引き連れて1616年に遷宮したのでしょう。

ここもやはりお稲荷さんなんですね。元々は幸稲荷さんと呼ばれたようですし。
幸神社で調べてみると、サイノカミヤシロと読みどうやらサルタヒコさんと関係があるようです。「サイ」というのは「塞」で、境目という意味です。
京都の幸神社も東北の鬼門を守る神社だったようですが、江戸城の鬼門方向にこちらの神社が遷宮したのは不作為だったとは思えません。鬼門の強化だったに違いありません。
つまり祭神はウカノミタマ命の他にサルタヒコ命も坐すと思われます。
神社金比羅宮。238番目。 

祭神は大物主という役職に最初に就いたオオナムチ、二代目のクシヒコ(大国主)が祀られることが多いと思います。

江島大明神 水神 厳島大明神
宗像三女神のうちのお二方、
次女のタキコが江島(エツノシマヒメ)、三女のタナコが厳島(イチキシマヒメ)の祭神です。
タキコはタギツ姫 (湍津姫・多岐都比売命)と言われる方で、カグヤマツミを夫に持ち子はカゴヤマです。孫が神武東征の功労者タカクラシタですが、父カゴヤマがアスカ宮の重臣であった関係で、アスカ宮の養子になり尾張氏や海部氏の祖となっています。
タナコはイチキシマ姫(市杵島姫)。ツキヨミの子イブキドヌシを夫に持っています。四国一帯を治める一族ですが、おそらく一族の誰よりも全国各地で祀られる女神さまです。
宗像三女神は、八岐大蛇と化した元アマテルカミのキサキであるハヤコの生んだ三姉妹です。
母の過ちを恥じ自分たちも禊祓いし続けます。
ちなみに長女のタケコ(タゴリ姫 (田心姫)・タキリ姫 (多紀理比賣命)はオオナムチと結婚し、オオクニタマとなるクシヒコら4人を生みます。
不幸な生い立ちの皇女三人ですが、それぞれ海や水辺の女神として崇拝を集めています。

秋葉大神 
江戸の華といえば、大火。木でできた家に住む日本人には必要な火伏せの神です。

明徳稲荷神社
お稲荷さんは本当によく祀られていますね。
倉稲魂命(ウカノミタマノミコト)
三代アマカミのトヨクンヌの兄弟にウケモチという方がいます。この方は保食神といわれることが多いのですが、ウカノミタマとの関係がよくわかりません。
イサナミが亡くなる時、カグツチとハニヤスの協力でワカムスビが生まれます。焼畑農業みたいなイメージなんでしょうか。焼かれた土は肥えていて、後から若芽が出て桑の木や稲が育ってきました。「それウケミタマ」の力と表現されています。
アマテルカミの御代、6ハタレの争乱が起きました。
その中の一つであるキクミチという一団で、筑紫からやってきて京都は花山で兵を集めた三人のリーダーがいました。キクミチを迎え討ったのがウケモチの孫のカダマロでした。アマテルカミはキクミチ集団を「狐」だと見破りカダマロに策を与え、キクミチら三十三万を捕えました。そして裁定が行われます。
ホツマツタヱ8あや
きくみたり すくにきつねの
かけあれは なもみつきつね
みそみよろ たまたちせんお
かたかこふ もろゆるさねは
かたのかみ ななたひちかふ
のりこちに ややゆるさるる
みことのり みつひこかこと
もろきつね うけのみたま
まもらせよ もしもたかはは
すみやかに たまたちなせよ
このゆえに なかくなんちに
つけるなり

カダマロがキクミチらの命乞いをし、それが聞き入れられました。
その代わりに「ウケノミタマを守らせよ」もしも契り違わば魂断ちする、という詔を出したのです。
これが、稲荷神社の左右にお狐さんが侍っているもとおりです。

力石の数々。

ここも富士塚なんでしょうか。239番目。
浅間大社が祀られています。富士浅間社再建記念 神田講社。大正14年に再建されたようですね。
神社柳森神社(千代田区)
祭神 福寿神 
神社幸神社(柳森神社境内)
 
神社金比羅宮(柳森神社境内)
神社富士塚(柳森神社境内)