虎ノ門金比羅宮(港区)256~258

神社虎ノ門金比羅宮(港区)256番目。
日枝神社から歩いて向かったので、西側の鳥居から入っていくと、手水舎があり、お賽銭箱が。
ふーんと思ってお賽銭を用意して近づくと「カチッ」と音がして龍が口から水を吐きました。
へええ。
人感電灯ならぬ、人感水道だ。いいね!
虎ノ門駅から近い鳥居はこのような威容。


創祀は1660年。讃岐丸亀城主京極高和の自邸を愛宕下に移し、1679年ご遷座。
祭神 大物主
   崇徳天皇
二の鳥居は銅製で方位を守る四神の霊鳥霊獣が居ます。


東は青龍、北は玄武。

西は白虎、南は朱雀。

社殿はまっすぐ北東を向いています。
その方向を辿ってゆくと、将門の首塚があります。さらに行くと神田神社も。
崇徳天皇と将門ってどんな関係なんだろう。
簡単にいえば、崇徳院と弟後白河天皇との皇位争いに頼みの清盛が弟側に付き、崇徳院は敗れ香川県に島流しになった。清盛を怨んで怨霊となった、という事らしい。その清盛と将門は血縁ではあるようですが崇徳天皇と直接関係はなさそうですけ。
お?
いやいやもっともっと伸ばしてみるとその先にあるのは筑波山。
江戸の町がつくられる時代、鬼門方向にあるツクバ山が眺められたといいます。
ツクバ山というのは、イサナキ・イサナミが結婚して建てた宮があったところです。
比叡山が京の富士さんであるならば、常陸の富士である筑波山を拝むことも考えられなくもないか。
よくわかりませんね。

金比羅さんの神さまは大物主です。いまでいう検察+裁判所+警察+防衛庁のような働きをします。縄文時代の「ホコ」の役割です。ここで金比羅さんの掌の上に崇徳天皇はいらっしゃるわけです。
商売の神さまとも言われるのは、初代大物主がイズモを豊かにしたオホナムチであり、2代目が大国主&ヱミス神だからなのかもしれません。
神社喜代住稲荷神社(虎ノ門金比羅宮境内)257番目。
東京ではまだそんなに多くの神社を訪れたわけではありませんが、お参りしたすべての神社にお稲荷さんが祀られています。
ある調べによると東京のある区の半分のお寺と神社にはすべて祀られていたそうな。
それはすごいことですよね。稲荷信仰が相当行きわたっているようです。

そもそも江戸時代の武家や豪商の屋敷内に勧請されたものが屋敷街に移されて一般市民がお参りできるようになっていったのでしょう。ではなぜ、武家や商人がお稲荷さんを祀ったかについては、民度が高くなり町人文化が花盛りになって現世ご利益を求めた、という説や、そうは言ってもやはり疫病で亡くなる人も多い寿命の短い時代ですから、無病息災を祈り祀ったものもあることなど言われています。娘の病気を救ったことがお稲荷さんに太田道灌が傾倒するりゆうだったことは柳森神社のところでも書きました。
18世紀、京都で4社、大阪で27社の時に東京では180社お稲荷さんがあったという調べがあります。理由はどうあれ東京でお稲荷さんが流行ったことは間違いありません。

数あるお稲荷さんですが、ここは境内全体の清々しさとあいまって、なんというか、憩いとなるような温かみを感じさせます。
神社結神社(むすびじんじゃ)。258番目。

神社HPによると江戸時代より良縁祈願に訪れた女性たちは、この結神社の前で自らの黒髪を一部切り取り、或いは折り紙を持参し、社殿の格子や周りの木々にそれらを結わい付け良縁を願い、成就させました。とあります。
結びの神さまというと高御魂神(たかみむすびのかみ)神魂神(かみむすびのかみ)生魂神(いくむすびのかみ)足魂神(たるむすびのかみ)玉留魂神(たまるむすびのかみ)の五神です。
この五神を祀る神社をこれまでで私は1件しかお参りしていません。八柱神社(東海市)が、ここはその五柱が祭られているのではないかと感じました。
縁結びの神さまというと他にも考えられますが、結神社の場合それだけではないように感じます。私は、仕事の上でよいつながりができることをイメージしましたが、そもそも結びの神は、人間と神とを結ぶ働きをするのです。
神社虎ノ門金比羅宮(港区)
祭神 大物主
   崇徳天皇
神社喜代住稲荷神社(虎ノ門金比羅宮境内)
祭神 喜代住稲荷大神
神社結神社(虎ノ門金比羅宮境内) 
祭神 >結大神

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