神社小塞神社(愛知県一宮市)404番目。

木曽川が近く、真清田神社の北北東に位置する本社。
船着き場として利用されていたようで江戸時代は船着大明神とも称されていたようです。
木曽川を下り、伊勢を目指すによい所だったでしょう。

本社は小塞宿根弓張の古墳と伝はる前方後円墳の上に祀る
創立年代不詳なるも延喜式神名帳所載小塞神社本国帳に
従二位小塞神社とあり
昭和11年6月郷社に昇格せらる
南流周 謹書


祭神  天火明命 天香山命
合祀  天照大御神  斎宮神社
    天照大御神  西神明社
    加具津知命 愛宕社

東神明社。405番目。
天照大御神 
尾張氏の傍流と思われる小塞氏の祖神を祀った社。
尾張氏の発祥については今でも論議をよんでおり、なかなか決定的な発見や見方が出ていないような感じです。尾張国が決まり初代連となった時をもって「祖」とすれば明快なように思うんですけれど、家系図は「それ以前」もあるわけですし。
祖となる天香山命(タカクラシタ)は当然としても、以下後継6代までの骨は弥彦神社に祀られているそうです。後継の2代目からの傍流アメオシオが葛木国造の娘と結婚して尾張氏になるのです。皇室と婚姻関係を結び、臣を務めタカクラシタから5世孫まで葛木の地にいて地位を固めていたようですが、その後葛木族は滅んでいきます。同時に尾張氏の元になるものも大和の地から離れあいちたの地で再び力を蓄えます。そして皇太子と目されるヤマトタケに娘を嫁がせることに成功した連がオトヨというわけです。
タカクラシタの系図を下るとちょっと面白いです。
1世タカクラシタは紀国造を12年間勤めている。
1世タカクラシタが土蜘蛛征伐に行った越後で土蜘蛛を懐柔し当地を丸く治めた。
2世タカクラシタの息子アメヰダキの妻にイカリヒメ(土蜘蛛族)がいる。
3世アメヰダキの息子アメヲシオの妻は葛木国造ツルギネの娘。
4世その娘ヨソタリヒメは5代孝昭天皇の内宮で、その兄オキツヨソは尾張大連、ケクニ臣。
5世オキツヨソの弟に養子として、コモリ(大物主)の娘を祖母にもち、ニギハヤヒの甥でもあるタケトメが入る。
タカクラシタから5世孫までに土蜘蛛族・葛木族・出雲族との血縁関係を作っています。その結果が尾張氏なのだと思います。
尾張氏の家系の中にタケトメという血を入れたのはどんな意味があったのでしょう。
おそらく、父となるタケツツクサよりもかなり年上の養子だと思われます。
物部の祖ウマシマチとは従兄の関係にある人物なんですから。
これは尾張氏側が求めたと言うよりは、物部氏の勢力を盤石にしていくための養子縁組にも思えます。