神社針綱神社(愛知県犬山市)427番目。
朝からの熱っぽさと寒気は抜けず、あったかいと言うけれども気分はよろしくないまま。
ここは尾張五社の一つであるところで、初参拝になります。愛知県のなかの五社の中では最後のお社です。

犬山城のおひざ元という事もあり、人出はやっぱり多いです。
人が写らぬようにといつも気にしているのですが、今日ばかりは体調のこともあるのか機転効かず、写真をカットしました。

延喜式神名帳所載の式内社です。太古より犬山の峰(現在の犬山城天守閣付近)に鎮座され、濃尾の総鎮守でありました。HPより
二度遷座していて、過去鎮座していた白山平と名栗町には犬山祭りの際に渡御神事があるようです。

主祭神 尾治針名根連命(おわりはりなねむらじのみこと)天火明命の14世孫?
祭神  玉姫命 伊邪那岐命 菊理姫命 大己貴命
   建筒草命 建多乎利命 建稲種命 尻調根命(尾綱根命) 大荒田命
尾治針 名根連命は尾綱根命の子。
                  (建稲種妹)ミヤズヒメ
建筒草命―( )―建多乎利命―( )―建稲種命―尾綱根命―名根連命
             大荒田命―(建稲種妻)玉姫

建筒草命には子が無かったようで、その後を第7代孝霊天皇の臣となっていたタケトメ(建斗米命)が継いでいるという記述がホツマツタヱにあります。
ホツマツタヱ32あや
       ときたけひてる  ニギハヤヒの弟
たまかわの かんたらかふみ
たてまつる これあめみまこ テルヒトホノアカリに奉る
はらをきみ そのこかみよの ムメヒトホノアカリの子 タケトメ
みのりゑて いまになからえ
きみゑみて このたけとめ
とみにこふ たけつつくさ
まつりつく たけたのおやそ
かんたから いつもにおさむ
いろんなはてなマークが生まれてしまいます。
はてなマーク尾張氏系図では天孫の孫に当たる建斗米命は天戸目命を継いでいることになっていますが、ホツマツタヱでは建箇草命の後を継いでいると記されているんです。なぜでしょう?
はてなマーク建多乎利命の後の系統がなく、別流4代が系図にありオトヨの父が誰なのかわかりません。
はてなマーク針綱神社の御祭神の中に「オトヨ」と「タケトメ」の名が見られないのはなぜなのでしょう?
はてなマークホツマツタヱに「オトヨ」の名が見られず「タケトメが孫の連」とか「ミヤズヒメの父」としか記されていないのはなぜなんでしょう?
もしホツマツタヱにいう「タケトメが孫」がオトヨであるならば、父はタケダオリでその父はタケトメで針綱神社の御祭神の系統の空白部分に二人を埋めればスッキリします。
このあたりに系図の作為を感じるのですが、何のためなんでしょう。
参考⇒針名神社
境内社を廻ります。まずは社伝の右側。

八幡社。428番目。
左には社務所があり、犬山城へと続く石段へ出ますが、その手前。

ここにある系図にもオトヨの名はありません。

犬山城階段への手前、愛宕社。429番目。

階段を下りると、三光稲荷神社の鳥居があります。430番目。

亀姫社。431番目。

三狐稲荷社。432番目。

銭洗社。ここまでは人がいっぱいでした。

猿田彦神社。433番目。

御祈祷神符を受けたならば、先ず御砂を敷地の四隅へ撒き、或いは埋め、中央に御神符を立ててしばらく祭り、御供物などし、後は御祈祷年限中神棚で祀ります。当社では年限中毎年御祈祷を行い、年末年毎御砂頒布の証を御送りになられた方々に御砂をお頒けする事になって居りますから年毎に御敷地、御住居を祓い清め御加護をお祈りください。家屋建築の場合は御砂を御受けになり地鎮祭には是非共御祭りせられて清浄せられたし

もっと行くと

山之神社。434番目。

虫鹿子守社。435番目。
お稲荷さんの境内から離れ、針綱神社境内の方へ戻っていきます。

多賀大社御分霊。436番目。

神明社?437番目。

市神社。438番目。

秋葉社。439番目。

不詳
不詳 どちらがどちらかわからないけれど琴平社、御建宮社か?

山神社。

稲荷社。

小栗社。

御饌社。

洗酒社。

熱田社。

杉木霊社。

大国社。

染甫社。

鍛冶社。

針綱天満宮。440番目。
たくさんの境内社の中には御祭神がわからないお社もあります。
機会があれば調べてみたいと思います。
それにしても、針綱神社の系図から「タケトメ」と「タケトメが孫、オトヨ」が抜けているのには、共通の何かがあるのかもしれません。ホツマツタヱでは「タケトメ」はニギハヤヒの実の甥で養子として尾張氏族にかなり高齢で入りました。すでに天孫系統の孫がいたかもしれません。
「タケトメが孫、オトヨ」はニニキネの5世孫でタケトメの子、タケダオリの養子に入ったと言う事はないだろうか。