フツノミタマ(ホツマツタヱ伝)

 

アマテルカミの御時、ハタレによる騒乱が全国各地で起こりました。フツヌシは将軍として立山に送られ、怪我をしながらも相手を倒します。

人のようで人で無いハタレどもが百人、「お願いです。人にしてください」といって自ら罷り「たまがえし」なる秘儀を行ったメンバーの一人がフツヌシでした。
フツヌシは、強かったのでしょうが武力一辺倒ではないのですね。

六ハタレ討ちの論功行賞で、フツヌシは香取守に就きました。

 香取神社(愛知県半田市)

香取神宮の祭神は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)です。フツヌシがおくり名としてフツノミタマを賜ったと思われます。

 

その騒乱の影響でタカマの力が削がれるに乗じて、オオナムチの国は着々と蓄え、タカマを凌駕するほど豊かになったともいえます。いわゆる「国譲り」事件が起きます。ホツマツタヱでは「カシマタチ」といいます。つまり、「カ(右)」の臣をキチンと立たせて役割(シマ)を全うさせる(タチ)ための行動です。

増冗漫になったオオナムチが、「われが君」とも言いたげな態度をタカマ(朝廷)に対して取ったことが原因でした。タカマから使いを送ってオオナムチの忠誠心を質す11年、次々と失敗に終わり、いよいよ武力を持ってしか方法は無い、と会議が進んだのでした。
では誰を将軍とするか。「フツヌシ、良し」と名が挙がり、そこへ「いや適任者は、フツヌシただ一人ではあるまい。われも」とタケミカヅチが進み出でて、タカマは二人をイヅモに送ったのです。結果、カシマタチは成功しました。

 大村神社(三重県) 地震の神様称えられるタケミカヅチ、フツヌシ等が祀られています。

 

今に語り継がれるフツヌシの物語というと、神武東征のときのフツノミタマです。

ニシキドの術により長く床に付いてしまった神武軍でしたが、フツノミタマにより目を覚ますことができました。フツヌシその人ではなく、タケミカツチの”フツノミタマ”といっています。
これを現在祭っているのが、石上神宮系の神社です。

 

神武東征のあと、アスカ宮のニギハヤヒが投降しその子ウマシマチは物部の地位とこのフツノミタマを賜ったのです。
フツノミタマはもの事の運用をよくし、前進させる力になります。