イブキドヌシ(ホツマツタヱ伝)

 

祓戸4柱のうちの1柱である伊吹戸主は大祓祝詞のなかに登場する神です。

「瀬織津比売(せおりつひめ)」 はもろもろの禍事・罪・穢れを川から海へ流す。
「速開都比売(はやあきつひめ)」 は海の底で待ち構えていてもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込む。
「気吹戸主(いぶきどぬし)」は 速開津媛命がもろもろの禍事・罪・穢れを飲み込んだのを確認して根の国・底の国に息吹を放つ。
「速佐須良比売(はやさすらひめ)」 は根の国・底の国に持ち込まれたもろもろの禍事・罪・穢れをさすらって祓う。

   麻賀多神社(成田市台方)

という4柱の祓戸の神は鏡の表裏のように、穢れ浄化の威力を発揮する神々なのです。

その裏腹になんらかの災いを起こしている荒神にも見えたります。

現に、セオリツヒメなどはアマテルカミの荒御魂とされています。⇒廣田神社

 

ではホツマツタヱではどのように伝えられているのでしょうか。

 

7代アマカミのイサナキの時代、イヨツヒコが四国を治めていました。イサナキ・イサナミによる全国巡幸の際、”あわうた”に感激して四国の名をイヨとアワの二名を付けました。
8代アマテルカミの時代になり、イヨアワフタナが治まらなくなり、ツキヨミを守として置きました。ツキヨミは誤解からウケモチ(保食神)を殺した後、アマテルカミに冷遇され、イヨに封ぜられたのです。ツキヨミは四国で鬱々とした日々を過ごしたかもしれません。

ツキヨミはイヨツヒコの娘イヨヒメを娶り、イフキドヌシが生まれました。
イフキドヌシは六ハタレ征伐の際にも大変な活躍をし論功行賞でイヨ、イフキ、タカノのカミを賜るのです。
イブキドヌシは武力だけでなく霊力というか自然に働きかける能力の高い方だったようです。
ウツロヰ、シナトベ、ミツハメなどの自然の元素カミを自由に使いこなしたようなのですね。
そのようなカミが現在、セオリツヒメやハヤスサラヒメと同様に大祓祝詞のなかに封ぜられて殆ど祓戸の神としての存在感に留まっています。

この由来は、六ハタレ討ちで、アマテルカミ御自らご出陣された時のこと。

アマテルカミをお守りする左右に就いたのが、セオリツヒメとハヤアキツヒメ、そして白黒のコマを揃えて侍ったのがクマノクスヒとイブキドヌシだったところにあるのではないでしょうか?

クマノクスヒはアマテルカミの息子で熊野という世のヲエクマの集まる地の神です。そこがハヤサスラヒメになっている以外は同じメンバーです。強力な祓いのパワーを発揮したと思われます。(ハヤサスラヒメは大蛇になったハヤコ説、大蛇に最初に殺されたハヤスウヒメ説があります)

 

そのイブキノカミが、或るときタカマに牙を剥くときが来たります。
残念すぎるヤマトタケ(日本武命)の死の原因はイフキノカミの発したツララだったのでした。
ツララを浴びせた理由はどうあれ、ヤマトタケを死なせたイフキノカミを朝廷側は許すことができなかったのでしょうか。祓え戸の4柱は諸刃の剣で、使い方を間違えると災いをなすカミだとして大祓えの中に封印されたのかもしれません。

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   伊富岐神社(岐阜県)

それにしても、17代を経るうちにイフキドヌシの周辺に何が起きたのでしょうか。
荒ぶるカミとなった理由は何なのでしょう。ヤマトタケは辞世に「ソサノヲが罪に陥っていたのをイブキ守の導きでヒカワ神にとり立てられた」「英雄とはやされてももとはいやしきヒカワ神(ソサノヲ)。もとに還るのみ」という言葉を遺しています。

ヤマトタケは自分自身をソサノヲの生まれ変わりだと思っていたようです。大祓の末に生命を祓われたということを自覚していたということになります。
このところ活火山の噴火が続いています。 
ヤマトタケを襲ったのはツララ(強烈なブリザードと考えればいいのかな?)でしたが、やはり山の神様が荒魂をお見せになっているのかもしれません。地球が怒りを発しているのでしょうか。

   八百富神社(愛知県蒲郡市)

イブキドヌシの奥様は意外なことに厳島神社のイチキシマヒメです。

いつくしんで国と人を育む、厳しいほどに美しい。そういうイメージの女神様です。

弁財天ともされ、多くの日本人に愛されている女神様です。
夫が祓戸に封印される代わりに奥さまが活躍されています。いいコンビに思います。