人のツミ穢れをあがなう神様

イサナミ(伊弉冉命 伊邪那美命)

イサナミはヒタカミの5代タカミムスビ、トヨケ神の娘としていたく可愛がられて育ちました。父は中央のアマカミであるオモタルとカシコネ夫妻に継子が無く、次代アマカミはどうなるのだと気に病んでいました。中央政府がここでとだえることになれば初代クニトコタチの国づくりの理想やこれまでの努力が無駄に帰します。何としても系統を絶やすわけには参らぬのです。

そこで自らがヒタカミにモトアケを降ろし、東の君として立ち中央への権限をもって、ヒタカミとナカクニを統合すべく動き出しました。6代アマカミを継ぐ者として、6代アマカミの従兄で北陸を治めるアワナギの息子イサナキに白羽の矢が立ちました。臣である身分でありながらアマカミに就くには、東の君であるトヨケが娘、イサコとの結婚で正統性が出てきます。かくして、イサコことイサナミとイサナキは「フタカミ」として全国を治めるアマカミに就任することになりました。フタカミは筑波山で新婚生活をはじめました。

ところが、方言によって言葉の通じにくい越国のイサナキとイサナミはなかなか馴染みません。昔からタカミムスビの拠点であったヒタカミに比べれば田舎者で、しかももと臣下のイサナキはイサナミには野暮ったいばかりでありました。ただ、仕事のできる方ではあったでしょう。父のお眼鏡にかない、是非にと求めた入り婿です。最愛の娘を最高の地位に付けてくださったということも理解できます。けれど、やはりどうにもならないのが人のみやび。高い地位などいらないと、せんないこととはしりながら毎日毎時、心の中で繰り返すのです。

二人がうち融けないのでトヨケも気をもみます。ここで継子が生まれないなら何のために。

ハヤタマノヲ次いでコトサカノヲ二人の仲人を次々によこして、二人はようやく心を通じ合わせるようになりました。ここで生まれたのがヒルコヒメです。ヒルコヒメはフタカミの厄年に生まれたため慣例により捨てられることになります。ヒルコヒメを拾い育てる役割を住吉大神が担いました。当時は海であったであろう筑波の麓から海路住吉の住む西宮へ。廣田神社でヒルコヒメはさとく大切に育てられます。12歳ごろ母のいる熊野に帰りアマテルカミの妹として復帰しました。

   熊野速玉大社(和歌山県)。仲人さん達と祀られているのがここ通称 新宮大社です。

夫婦仲がしっくりいかない経験をし、人と人が和するためには言葉の統一、国語の浸透の大切さをイサナキは思い知りました。それで、アワウタを引っ提げてフタカミは全国を巡ります。
ホツマツタヱに登場するイサナミの、一番美しいお話はあわうたをイサナキと共に相歌いて国々をめぐるところでしょう。こうしてイサナキの仕事ぶりを身近に見るに付け、昔の嫌悪がうそのようにイサナキは光輝いて見えるのでした。

アワウタ(国語)をゑなとしてヤマト、淡路、伊予阿波、隠岐、筑紫、吉備、佐渡、大島とクニをめぐり、木祖ククノチや草、野山は茂り、そして待望の継子となるアマテルカミをハラミ山(富士山)で生み落とします。8000回もの祈りを務めたトヨケ神はさぞ喜ばれたことでしょう。こころから安堵されたででしょうね。トヨケカミはアマテルカミの幸霊といえるほど、アマテルカミと国づくりに尽くされました。

  熊野神社(常滑市)

  本郷熊野神社(東海市)

最愛の父の心はアマテルカミにそそがれるようになりました。ヒタカミで身近に置いて帝王学を一子相伝で伝えることに手いっぱいになったのです。

人の愛がだんだんと自分の身からはがれて行くような何とも言えない痛み。愛されて育ったがゆえにそれはそれは悲しいことでした。夫と国々を巡り筑紫ではツキヨミを生み、もともと弱い体は悲鳴を上げ始めていました。熊野に居つき一人娘のヒルコヒメが戻って来た時にはやはり嬉しいものでした。しかしそれさえも。ヒルコヒメは後にワカヒメ、ニウツヒメ、トシノリカミと贈り名されるほど賢くしっかりした娘です。その娘の顔を見るたびにこの子を一旦は捨ててしまった、さびしい思いをさせてしまったという呵責の念にさいなまれます。イサナキと結婚したばかりの頃、もう少し気丈であればもっと夫と仲良くなれたはず。いまこうして捨て置かれるのは体の弱さからとはいえさびしくてたまらない。大人の自分でさえそうなのです。いたいけな子ども心になんて残酷なことを。それもこれも自分のせいだと自らを責めさいなむことを止められないのです。

アマカミがアマカミとなるにはただ、血筋が良ければ成立するものではありません。常に心が清明で神と同通している必要があるのです。イサナミのみやびは、それを邪魔しました。夫と離れて暮らすにはそれなりの理由があったのです。

そんな中4番目の子ソサノヲが生まれます。ソサノヲは常に雄叫びて泣きわめき、国民をくじいていました。そのスサノヲが悪さを繰り返すのもわが身の穢れのためだ、民のオエクマ苦しみをすべてわが身に掛らせたまえ。と祈りの宮 熊野本宮を建てたイサナミです。そう言うわけでクマノカミとかミクマノノカミと呼ばれています。
スサノヲの荒れ方は酷くて度々クニタミを困らせるのですが、非行の末についに山に火を放ちます。イサナミは本宮にて祈り、迎え火を焚いて(カグツチを呼んで)これを止めようとしますが、逆に火に巻かれて死んでしまいます。この時に生まれたのがミズハメと滋養たっぷりのハニヤスでした。そしてそれらからワクムスビも生まれます。

  花の窟神社(三重県) ココはイサナミさまのお墓です。

イサナミのあまりにも唐突な死に、怒りやら悲しみやらを抱いてイサナキが骸に会いにやって来るのです。それをとどめる姉のシラヤマヒメを押しのけて進みます。しかし「死してなおも」恥をかかされたイサナミは怒り、八人のシコメ(カラス)にイサナキを追い払わせます。その時カラスに投げつけ、やっつけたのが桃の実でした。オフカンツミといいます。

繊細すぎるがゆえにすべてを自分のせいだと傷つき自ら傷つけたイサナミ。

父トヨケカミ、夫イサナキ、息子アマテルカミという第二の建国を支えた偉大な神々の間に挟まれ押しつぶされた形となりました。けれどもイサナミの「魔法」はクマノクスヒやワカヒメに引き継がれて、いまでも全国に熊野神社として称えられているのです。

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