ひすいこたろうさんが教えてくれた神道の言葉「予祝」

秋の収穫を祝っての秋祭りはわかるとしても、

なぜ、日本人は花見をしたり、春祭りをするんでしょうね。

という疑問にお伊勢さんの神職が教えてくれた言葉だそうです。

「それは予祝というんですよ」

つまりその年の収穫を桜に見立ててあらかじめ大いに喜び

祝う、それがお花見の習慣になったのだそうです。

 

ひすいさんも今のように有名になる前、

知らずに予祝をしていたそうです。

お掃除ブームのきっかけとなった著者とはお友達で、

その人の話を聞いたときに「その本、絶対いい!」

と思い、頼まれてもいないのに勝手に出版企画書を書いて

出版社に売り込んでいたそうです。

そして出版した本はミリオンセラーになり

お掃除ブームとなりました。お友達と祝いあったのは言うまでもありません。

当時無名のひすいさんは、予祝をしていたのです。

 

で、私たちも予祝をしましょうよということになりました。

目を閉じて。扉を開けてその向こうに行きましょう。

そこは自分の願いがなんでも叶っている5次元世界です。

扉を開けて向こうに何が見えますか。どんな気持ちになりますか。

思う存分その時の感情を味わってください。と。

私に見えた世界は、自然の中でした。そこで仲間たちと一緒にいました。

ほっとしました。

うれしくて爆発しそうという喜びよりもホッと胸をなでおろしていました。

 

そして静かに目を開けて、周りにいる人たちと互いの願いが叶ったことを

喜び合いました。「おめでとう!」と祝福しあいました。

周りにいる人を捕まえて「おめでとう!」といって

ハグしたり、握手したり。近くの人に「おめでとう!」

といったその瞬間です。涙がにじんできました。

もう、3人目ぐらいからは「おめでとう!」の言葉がかすれるほど。

5人目にはわんわん「お・・め・・で・・と」になってきて。

 

 

何だったんだろうか。うれし泣きをするほどの喜びだったとも思えない、

けれども、泣いちゃったよ~何が嬉しかったのかよくわからない、不思議ー

ぐらいに周りの人に言ってて終わり。

 

でもね、ややあって一つの出来事がありました。

それは喜ばしいことなのか、どうなのか私には判断できませんでした。

今の意識では喜びよりも嫌悪感が先立ってしまう。

だけど、だんだんと「先に祝ったことが実現したんだな」という気がしてきたんです。

あの予祝の光景通り、とてもスムーズに「一つの出来事」が展開するから。

 

この世界に生きていて、この意識ではわからないことが沢山あるけれど。

あの扉の向こうで体験したことは私にとってはやがて大きな喜びに変わる。

そういう確信だけは残ったんです。

 

私の癖なんだろうと思うけれども、

差しだされるとイヤイヤしてしまう。頭で判断しようと苦しむ、もしくは逃げる。

というより、苦しむこと前提で「達成」があるというやり方。

そういう手順を踏みたい癖も葬り去らないとね。この際だ。

 

 

叶えたい思いがあるなら、先に予祝しちゃおう。

一人ではなく共有できる人が周りにいるとなおいい。

その後に、それぞれが受け取りやすいようにチャンスがやってきます。

カエル王子や野獣のように現れるかもしれない。

とるに足りないわらしべかもしれないけれども。