タケミカヅチ(建御雷之男神 武甕槌命)

 

鹿島神宮の主祭神であり、鹿島神といわれることもあります。

タケミカツチという名はいつ贈られたのかはよくわかりませんが、「ひのはやひこ」とか「ひわひこ」と呼ばれていたようです。

 

アマテルカミが宮移しをする際に日本地図を作らせたのが「ひのはやひこ」でした。ヤマトを巡ってすべてを描きました。

因みに江戸時代の伊能忠敬は3753日、16年を費やして蝦夷から沖縄奄美大島を除くほとんどを測量し終えました。測量隊を組み、さまざまな道具を使ったり歩測で測量しています。タケミカヅチはいったいどのような方法で計測したのか、興味シンシンですがくわしい記述はありません。けれども、測量に適したなんらかの能力を持っていたのではないかと思われます。

 

ひの 日の?火の?杼の?
はや 早、速、羽矢

ひこ 男 

 

おそらくその秘密は名前に込められていると思うのです。

タケミカヅチと呼ばれるようになった由来かもしれない記述がホツマツタヱにあります。

全国的騒乱をとり鎮めたときの論功行賞の内容です。

 

ホツマツタヱ8あや

たけみかつちは なるかみに

たけものぬしの かふつち

 

日本地図製作のものも含まれていました。

さきのくにゑに ゆりしつむ

かないしつちも たまふなり

 

カフツチはタケミカツチがカシマタチに入る時使用しています。

ホツマツタヱ10あや

いづもきつきに かふつちの

つるきをうえて うつくまり

なちりとふなり みほこりて

あさむくみちお ならさんと

われらつかふそ そのこころ

ままやいなやや

 

カフツチとは「欺く道を均すための剱」なんですね。大地に植えるという使い方をしているようです。

甕とは土の事なので、その様子を顕して、「物主のなかでも勇気あるタケ」「ミカの使い手」「動乱を鎮める槌ツチ」というような意味をタケミカヅチの名に込めたのではと思える記述ですね。

 

三重県の大村神社にカナイシツチが祀られています。

 

 

国の動乱や地震を鎮めるご神徳があり、武神として大きなお働きをする神様です。

しかしながら、子は一人、姫のみでした。「ひとりひめ」はアマノコヤネに嫁ぎました。

アマノコヤネは鹿島、香取、春日、ひとりひめという四つのご神徳を引き継がれましたので、今日まで栄えが絶えないものなのでしょうね。

 

東海市 船津神社

こちらにも祀られています。船や航海・交通に関係する神社にも多く祀られるようです。

 

 

ココトムスビが身に着けていた「たまがえし」を実際に行うことができました神様でもありました。それは、曲がった心を生まれ変わらせる術です。

本気の道を勇気を持って選んでいくためにタケミカヅチのご神徳は絶大です。

 

これからは本気で人生に取り組むことがとても重要になってきます。

曲がった道、本意ではない道に本気を出すことなどできません。

だから今、必要な神様なのです。