ノアが漂着した地へ。ガルニ神殿

教会 旧約聖書「ノアの箱舟」で知られるノアが漂着した地への誘いを受けて始めてアルメニアという国へ足を踏み入れ二日目の行程に入りました。

※写真は同行者撮影のものも含まれています。

ご提供いただきましたことをこの場をお借りして感謝申し上げます。

いったいいつつくのか。

嫌になるくらいのロング&ワインディングロードに疲れ果てた先には、、、

アザード渓谷。あまりにも見事です。


おお神殿が見えてきました。

同行者から拝借した写真には光の柱が立っています。


ガルニ神殿。

アルメニアに残る唯一のヘレニズム建築で、世界遺産に登録されています。

1世紀、アルメニア王であるグルジア人のミトリダテス1世によって建設されたとされます。この時期のアルメニアは、ローマとパルティアが協議して王を任命していた時代で あり、パルティアのアルサケス家が王位に定着するのは、52年以降であり、アルサケス家が王位を占め、ローマが任命する、という方式で双方妥協していた時代があるそうです。

ガルニ神殿はローマとパルティアの勢力が拮抗していた時代に建てられたとされる説が一つ。キリスト教に改宗した際も王の夏の離宮として使われたために壊されなかったと。

もう一つは紀元前3世紀から後3世紀ころまで太陽神の神殿・ミトラ神殿として使用されていたもので、1年に1度太陽が神殿の中を照らす構造になっているといいます。

天窓からの光の入り方が魅力的で、思わず写真を撮りたくなります。

これは、明日登場する占い師アルミネ女史に「ローマ人だったあなたのお墓がここにあります」といわれた人が同じ場所で撮った写真を拝借したものです。

これを写す人物を後ろから撮った方の写真はこうです。

また別の方の写真。ぽあんとした優しい光です。

これは光すごすぎですね。「自分」のお墓参りできる人はそんなにいないでしょうし、喜んだのでしょうか。ニコニコ

外で撮った写真にも虹がかかって素敵でした。


現在の建物は17世紀に起きた大地震で崩壊し立て直されたものだそうですから、400年前ぐらいのものになります。

それにしても、なぜここだけミトラの神殿が残されたのでしょうか。

アルメニアの神殿はほぼキリスト教会に変えられていったのに。

そもそも太陽神の神殿、ミトラ神殿とはいったいどのような神様なのでしょう。

ヘレニズム・ローマ世界でBC1世紀から4世紀にキリスト教がローマの国境になるまで、キリスト教が持ち合わせる救済宗教都市の神話と神学、そして密儀もすべて持ち合わせ、ミトラ神をメシアとした宗教でありキリスト教から見れば近い教義であるがゆえに近親憎悪すべき異端の教えを持っていたようです。

ミトラ教のルーツは古代ペルシャ人のミトラ信仰にあるという説が有力です。

契約神・戦神・太陽神などの側面を持っていてイラン・インドで絶大な人気を誇っていたといいます。ミトラ神は歴代ペルシャの王国の守護として尊崇されていたそうです。ローマ帝国ではキリスト教が国境になるまで広く流行していたとあります。

原始ミトラ教  BC3世紀まで バビロニアを中心とした時代

西方ミトラ教  ローマ帝国とシリアを中心とした時代

東方ミトラ教  バビロニア、イラン、中央アジア、中国などユーラシア大陸全土の「マニ教」時代(3世紀)

東方神智学時代 イスラムの神学と融合した

ミトラ教はそのような変遷を遂げており、インドでマイトレーやとして中国で弥勒菩薩として伝わったという説があります。

もともとアーリア民族の神話『アヴェスタ』をベースとした神さまだったようです。

ミトラ教が衰退するのはマニが亡くなり、ローマ帝国がキリスト教を国教としたのが原因だとされます。ローマ帝国はギリシャ文化に傾倒していたユリアヌス帝時代にキリスト教への養護を取りやめ揺り戻しのチャンスが訪れたけれども、ペルシャとの戦いで帝は命を落とすことになりました。そうしてキリスト教が世界を席巻していくことになっていきます。

ここは牛のいけにえを捧げた祭壇だそうで、黒く残るのはその血の跡だとアシャさんが言っていました。

ミトラ教はアレキサンダー大王という覇権主義時代にローマ人の人気を集めていました。一神教と覇権主義は親和性があるのでしょう。そしてその人気はアルメニアにも及んでいたのです。

エチミアジン教会で元神殿は多神教の神殿であったと説明を受けたが、ここではミトラ神という神を祀る一神教であったというのです。つまり、1世紀より「以前の神」がいたということなのでしょう。けれどもそれについて語る文章には巡り会えていません。

日本でも祭神変更は見られます。

氏族の争いの結果、勝者が尊崇する神に書き換えられるのです。

つまり、歴史は勝者の物語に書き換えられるという前提があります。

アルメニア人がしたたかにマイノリティの血を絶やさぬための知恵というものを明日行く予定になっている場所で再確認することになります。ガルニ神殿が今に遺されたことにもその片鱗が隠されているような気はします。

少し調べただけでもアルメニアの、大河に漂う木の葉のように周囲の強国に翻弄され蹂躙され続けた歴史が読み取れ心が痛みます。

それでもけなげに耐えぬき、おのがアイデンティティである36文字を今もしっかりと伝承し続けているのです。

アルメニアの女性は世界一美女の多い国という噂があります。

大国に挟まれて混血が進み、優性遺伝を繰り返した結果だといえるかもしれません。それも宝物なのかもしれませんね。

世界遺産に登録され観光客も増えたのでしょう。

楽し気な土産物屋さんが立ち並んでいます。

昨日の夜のデザートで頂いた海苔巻き状の輪切りお菓子の巻物が売られていました。

しかし、なにしろ干し果物、硬いんだもの。アゴに来るからな・・・。

お土産屋さんはゆっくり見たい。けれどもせかされる道程。

少し歩いたところにあるレストランへさあ、急いで!

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