センター試験のある日程は雪に悩まされることが多いですね。
1月15日前後のこのあたり。

昔の成人式の日で、私自身の時も雪でした。
「あの日も雪だった」
母が回想する兄の誕生した日も雪だったのです。

その兄の子、甥っ子ちゃんもセンター試験に挑んでいます。
第一希望が叶うようベストを尽くせ、受験生たち!!

こんにちは。
神社おたくの建築士久田貴子です。

お蔵のような昔の家

お正月にお餅を食すのは、日本人が一年の初めに百神を身に入れるためでした。だから、年末にお餅つきをします。前日にもち米を研ぎ水につけ置きします。バケツに10杯ほどのもち米をお釜に掛けたせいろで蒸しあげます。かまどは二つ、せいろは二段づつ交互に蒸しあげて次々と餅つき機の中に入れていきます。昔ならば杵と臼で突いたんです。これだけでもたいそうなお道具が必要になりますが、それを使うのは年に一度きりなんです。

おじいさんが大豆をつくっていて石うすで曳いてきな粉にしていました。そういう道具もたくさんありましたし、伊勢湾台風の経験からボートも倉庫に掛けてありました。生活に必要な道具が納屋とか倉庫にはたくさんありました。

スキーが趣味だった父のおかげで家族のスキー道具がなん十本もあり、家の中には木彫の像や長押にかかった槍、古い絵や神さま達。水屋には法事の時のお膳がたくさん仕舞われていました。ヤマサ神が家にいて、歳時記を大切に運営していた昔の暮らしにはそうしたお道具は大事なものだったのです。家にないものは地域で使いまわしたり、人手を出し合ったりして日常を丁寧に生きていたのでした。

その他もろもろの道具がいっぱい詰まった家で、私は育ちました。与えられたおもちゃというものは多くはなかったと思いますが、小さい子どもたちにはワクワクと恐さが詰まったアミューズメントな世界がそこにありました。

子どもを育てるのは「豊かな空間」だと思っています。
広くて、温かい居場所があって子どもの子もどらしさが育つ気がするのです。

広くて、温かい居場所は「大勢の大人の温かい目と手」が創り出します。
近くに暮らす大人がかごめかごめをするときのように輪になって、子どもを育てるイメージです。あの家での子ども時代を思い出すと、モノたちには意識があって家族のように家の子どもを見守っているという気がするのです。だから子どもにとっては果てしなく広い家でした。

その中で何も置かれずいつもシンプルな部屋がありました。
床の間に花を活けた座敷と続きの8畳は、今も昔もそのままです。

ミニマリストのシンプルな家

1920年以降建築の世界にモダニズムという時代がやってきました。
ル・コルビュジェやファン・デルローエなどがデザインする機能的な美はシンプルそのもので、いまでもその傾向が続いているんですね。必要最小限の機能を美しく表現しています。そこに生活臭がなく、垢ぬけておしゃれな暮らしは瞬く間に広がっていきました。デザインこそ違いますが、日本のお座敷にも似ていると思うのですよ。

ただ、どこまでも機能美を求めたときに辛くなる時が出てくると思うんです。子どもが育つ時間に大人が付き合わされるのは無駄にも見えますけれど、それは「時間の浪費」ではないです。もし、浪費とおもっても浪費は文化を育てる面がありますし。

祭りと静寂。
その両方が家には必要です。

昔の家にはそれが両方あったのです。
現代のミニマルな家にもお祭りをする方法はいくらでもあります。

例えば・・・

 

続きはまた次回。

わたしの家づくり


ミニマルとは自分的必要最小限のこと。「これだけは譲れない」
それはわたしにとっては子どもを育てる家づくり。

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