あぶない神社体験回想録② アヤの初詣写真に写ったモノ

私たちがまだ二十歳前のころ。こんなことがありました。
神様と暮らす家族づくり家づくりのために神社を巡っている今があるのは、
このころの経験があったからかもしれません。
ということで当時の体験を当時の思いのまま紐解いてみたいと思います。

前回のお話
あぶない神社体験回想録①アヤの告白

一枚の写真

「ねえ、ミヤ、めっちゃ面白いんだよ!みて。」

アヤは笑いをこらえられないという風に一枚の写真を私に渡した。

・・・

「これって、なんだと思う?どうみてもさあー」

「なに、これ。」

えーーーっ

写真のアヤの顔が・・・

それは先日行った初詣の時に撮った写真だった。

アヤがカメラを持ってきていて、境内をさんざん回った後

思い出したように記念に一枚だけ撮ったものだった。

近くにいたおじさんに二人を撮ってもらったのだ。

お狐さんの石像の前に立ち、あでやかな着物姿のツーショット。

うん。まずまずいい感じじゃん?

ところが、である。

アヤが口を挟む。

「ねえ、こういうのってさあ、撮った人がアレだよね。なんか霊感が強いっていうか。」

いい感じな若い娘のツーショットのはずが、こ、これは・・・

私は、写真の紙がよれていないか、傷がついていないか詳細に調べはじめた。

「まあ、そういうこともあるかもしれない。」

とアヤの振りに答えながら、頭の中ではこれはいい知らせなのか悪い印なのかを考えていた。

光の加減じゃないの?フレアなんかじゃない?

それにしてはあまりにも不自然だし。

イヤもし、そういうものであっても何か意味があるのかもしれない。

目の前にいるアヤと写真と、アヤと写真のアヤと交互に見比べている自分がいた。

人相が変わったレベルじゃないし!

現実のアヤの人相が変わったとは感じなかったけど。

なんとなく、実物のアヤと写真のアヤの顔との因果関係を早く突き止めた方がいいような気がする。

だって。

写真のアヤの結った頭や目元はアヤそのものなのに、

鼻から口にかけての容貌はまさにキツネ。

写真を持っていても嫌な感じはしないにしろ、その狐はどうしてそこにいるのよ?

霊能者であればその理由がわかるんじゃないか?

とおもった。

私はその時、神がかった友人のばあちゃんのことを思い出していた。

私自身が呼びつけられてダンスで痛めた腰を直してもらった経験がある。

友人宅に行くと、うつぶせに寝かされて腰のあたりに向けて気合を入れられた。

一連の流れの中で、そういうことが初めてだった私は驚き

吹き出しそうになるのをグッとこらえ、おかげで腹筋をつかった。

ともあれ、腰の痛みは不思議と快癒した。

あの霊能ばあちゃんなら写真の意味が分かるかもしれない。

アヤの初詣写真に写ったモノ

それは、お狐さん。

狐憑きのお話は、昔話としてはよく聞きますね。
私の母の実家の隣に竹藪があり、母の父、つまり私の祖父が竹藪に入り
出てこられなくなった体験があるとか。狐に化かされたんだと言っていました。
日本昔話の中の出来事のようなことが昭和の初めごろにはまだ残っていたんですね。

それにしてもまさかこの時代、しかも友人の身にそれが降りかかるとは!
霊能ばあちゃんのところへさあいそげ、ミヤ!

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