もしも僕に子どもができたら「ホントの願いは叶うんだよ」と伝えたい

最近のうたにも歌われています。

「願いはそんなに叶わない」

もし子どもが生まれたらそう言うんだって。

なんででしょうね。

なんでそう思うんでしょうね。

「深層で願うことはかなっている」

それがホントなんです。正しく言うなら

「自分にうそをついた願いはそんなに叶わない」。

それをつくづく実感しています。

「願いはそんなに叶わない」理由はひょっとして

本当の自分の願いを知らないからなのかもしれませんよ。

本当の願いを自分ではわからない原因

本当の自分の願いを知らない人が多いという件。

なぜなんでしょうね?

人は情報によって自分の体や機能を育てますよね。太古の昔からそうです。

1歳までに、大人が歩くのを見て歩きだし、

2歳半ぐらいには、大人の口唇をみて言葉を話だし、

3歳以降自分が自分であることを理解して自己主張を始めます。

歩くことや大人がするいろいろな習慣、言葉すら情報によって覚えるんです。

ミラーニューロンで周囲のマネをして体をつくっていくんですよね。

赤ちゃんにとって起きている時間はほぼ情報収集時間。

寝ている時間も多いのですが、赤ちゃんにとっては寝ている時間が

情報を整理しまとめ上げ自分自身になる時間だからです。

シュタイナーは、「7歳までは夢の中にいるようなもの」と言いましたが、

7歳までの子どもはまだ親のお布団の中で半ば眠っている時期だといいます。

7歳を過ぎ乳歯が抜け始めると、親のお布団から飛び出して自我形成が活発になります。

そして9歳ごろ親との決定的な決別が起きると言っています。

親とは別々の情報源をもって過ごすことが多くなります。

サッカークラブのコーチや、塾の先生、友達、ゲームなどからの情報・・・

親からの情報が絶対だったのに、親とは違う意見があることを知ります。

どちらの情報が自分に良いか、ということをこどもはまだ思考では決めません。

この時期の子どもは感情を育ててる、とシュタイナーはいいます。

よりドキドキワクワクするほうを選んで自我形成に取り込みます。

そうやって、情報の整理をしつつ自分の願いを語るようになります。

この時期に選択眼が磨かれない場合や選択することを諦めてしまったばあいは、

感情を揺さぶるような自分の根底にある”願い”にふたをすることになります。

9歳ごろ、自分が何を願っていたか、何になりたがっていたか

それを思いだせないひとは願望が叶いにくいんです。

自分以外の誰かの願いをかなえることに手いっぱいで

自分自身と向き合う時間をとってこなかったので、

本当は何が欲しいのかわからないというのが一つ。

そして、理由はもう一つあります。

潜在意識で反対のことを願っている場合

例えば「お金がない」ことを望む人はあまりいないでしょうが、

十分にお金が回らなくて悩んでいる場合、

「お金を取り扱いたくない」とおもっていることがあります。

なぜ取り扱いたくないのでしょうか。

■お金にまつわる嫌な思い出がある

■お金によってひどい目にあった

■お金が嫉妬や重たい人の念を引き寄せて病気になった

■お金があることで争いが起きた

■自分が持っているお金目当てで質の悪い人が集まってきた

面倒だからお金とは遠ざかっていたいという潜在願望がある場合、

お金と縁がない暮らしが実現しているというわけです。

他に、自営している人が「仕事が欲しい」と願いつつ

仕事が来たら来たで「仕事が忙しすぎる」と愚痴を垂れたりする話も聞きます。

どっちなんじゃい!という話ですが、ほんと、自分でも気づかないで反対のことを

願っていることがありすぎる!

ここはやはり、整理する必要があります。

そうすれば”本当の”願いは姿を現すし、

それは必ずかなうんです。

本当の願いを叶える言葉

本当の心に反した願いは叶いません。

だから今の自分は本当の願いを叶えた成果物なんです。

今後、この成果物である程度今後なりたい自分に向かう設計図がつくれます。

その方法は「願望」+「悩み」を同時解決する言葉を発することです。

例えば「社会的に認知され仕事が増える」という願望と

「仕事が増えたら忙しくなり自由時間が減る」という悩み。

同時解決するには

「社会的に認知され仕事は充実し、自由時間も増えた」

ということばを出して、実行していくことです。

こうしてみたら決して不可能なことではないですよね?

仕事が認められ充実しながら自由時間をつくるなんてできないと

自分で決めない限り方法はいくらでもあります。

ホントの願いは叶うんです!

世界平和 などという自分の範囲を大きく超えた願いに関しては

どうなんでしょう。「願いはそんなに叶わない」と言うのは、

何もしないでも得られることは何もないということでしょう。

自分の手ではできなくても

願いを出した時点でほかの誰かがバトンを取り叶えると思えばそれでいい。

あの歌も、自分でできる小さな「人を褒める」とかやることで世界に与していこうよ

という歌として聞きたいと思います。

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コメント

  1. タイ より:

    そ、そんな歌があるんですか?!ビックラです。
    逆に力を込めて、願いは叶う~、と歌いたいと思います笑

    • 久田貴子 より:

      コメントありがとうございます^^

      「もしも僕に子供ができたら
      どんなことを伝えるだろう
      期待してるよ 頑張れよ
      そんなこと まず言わないだろう

      一日三食飯食って
      よく笑いよく泣き遊べ
      そして他人を褒められる人になれ

      努力は大抵報われない
      願いはそんなに叶わない
      それでもどうか腐らずに
      でかい夢見て歩いて行くんだよ」

      でっかい夢を見てあるけと。いい歌ですよ。
      でもホントの願いは叶うんだと、子どもには言いたい!