子どもを育てていると、迷うことがイロイロありますよね。

子どもが中学二年の時近所に塾ができました。

その体験学習に1週間通った後「塾に通いたい」と息子が言い出したのです。

あの時が長男が「勉強モード」に入る千載一遇のチャンスだったんだーーー

と今では思います。

なんかの理由でその塾はやめたのですが、結局高校になって塾に入り

3倍ぐらい塾費がかかったのでは?そしてもっと違う道も開けたのかも・・・

 

タラレバを言ってみても始まりませんが、

待ちに待っていたその時を逃したのは私です。泣

早め早めに手をかけ、目をかけ、子どもに関心を寄せることで、

後々の子育てが、金銭面でも時間面でも楽になるという経験です。

さて、家族ストレスを抱えやすい人の8つの原因の学童期からを進めます。

 

9歳 親と決別し二度と戻れない川を渡る

「ルビコン川を渡る」

とシュタイナーが名づけた9歳、10歳ぐらいの子どものことです。

この時期に起きたことを私は鮮明に覚えています。

空想遊びの好きな子どもでしたから、当時のアニメに影響されて

暇があると宇宙冒険少女の物語になりきり遊びなどして過ごしていました。

 

そんなあるとき、「家」のビジョンが浮かんできました。

そこは開放的で、気持ちのいい回廊のある家で、とっても懐かしい感じがしました。

回廊のある家のビジョンは繰り返し繰り返し現れ、私を魅了していました。

なんとか二次元で表現しようと広告の裏に間取り図を書くのですが・・・

いつも失敗し、自分の絵に幻滅しました。

 

あの素敵な回廊の家を平面プランに起こすには9歳児には無理でした。

「あの家をつくりたい」

その夢を叶えるために、私は建築士になりました。

ところが、私の周りには建築関係者は一人もいませんでした。

家族の中で突然変異のように「建築士」になろうとしたのでした。

 

中学に入り母から言われたことは、

「バレー部に入ると思っていたのにテニス部に入るなんて」

誕生日に両親が買ってくれたバレーボール。

バレーボールで母と庭で遊ぶことが本当に好きだった私が、

親と別々の道を行き始めたのでした。

 

「ルビコン川を渡って二度と親の元に戻らない」なんて、

大げさですね。でも、こうして私自身も渡ってきたのだなと思います。

親の考えと別の選択するストレス。

 

ストレスがないと成長が少ないというのは生物学的にも証明されていることですが、

ストレスが大きすぎるとやっぱり変な癖がつくんでしょう。

ここでこじらせると親子は厳しい状況になっていきます。

子どもを私物化しているとここを乗り越えることが大変になります。

(2へつづく)