神社の起源 豊受大神のこと

温泉が日本人に愛されるようになったのはいつごろからなんでしょうか。

それは縄文時代のお話です。ホツマツタヱによると、

サルタヒコという神が海幸彦(ホノススミ)の重い病を御湯でなおし、

長寿を得た記述があります。

それで、古代産婦人科医カツテ神により

出産後母子ともに産後75日間は温泉に浸かることが決められました。

山幸彦(ホヲデミ)の妻トヨタマヒメの出産に伴い、

産湯に湯の花をつかい、生まれた赤ちゃんの胎毒を出し細菌から守りました。

湯治をする場合75日かかるということかもしれません。

75日も産屋を覗くなと言われたホヲデミは、しかし我慢できず

覗いてしまって、妻に逃げられるのですが。。。

それはさておき、神々も温泉に浸かっていたということです。

神社の起源

では、神社の起源というといつ、どんな具合に始まるのでしょうか。

よく言われるのは、

山ごと祀る「神奈備(かんなび)」例えば天香久山、三輪山など。

岩を祀る「「磐座(いわくら)」花の窟神社(画像)、神倉神社など。

木を祀る「神籬(ひもろぎ)」に神が依代として宿るところが起源といわれています。

瀧がご神体という飛瀧神社もありますね。

ところで

豊受大神は東北にアメミオヤの神を祀り、自ら東の君となりました。

時は、6代アマカミ、オモタル・カシコネの時代です。

5代タカミムスビであった豊受大神は、6代目アマカミに子がないのを憂いで、

次世代を背負うアマカミを引き継ぐために自らが君として権限を持つことにより

我が娘イサナミと、根の国のイサナキを結婚させて7代目アマカミとしたのです。

自ら「君」となるにはアメミオヤの神を祀る必要があったのでした。

豊受大神はその後、7代イサナキ、8代アマテルカミと

国の跡継ぎを見た後神上がります。

生きたまま洞の中に入り岩戸を閉じさせ、世の中の政を見守る存在となります。

その上にアサヒミヤを建てたのがいわゆる「神社」の始まりかと見えます。

生きたまま洞に入ったのでいつ生命が途切れたかは誰にもわかりません。

ねんごろに祀りして帰ろうとするアマテルカミも、トヨケカミを慕ってとどまる

民の嘆き悲しみに、自らも宮津にとどまります。その後、いさわの宮に移るまで。

トヨケノリと言われる「生きたまま洞に入りその上に宮を建てる」ものが、

神社の始まりだと思われます。

すなわち、磐座です。その後オオクニヌシもミモロノヤマにトヨケノリします。

神奈備です。

今も、豊受大神、天照大神、大国主命は私たちを守ってくれているのです。

神々がそう意志したのだから、そうなのです。

豊受大神から天照大神に引き継がれたもの

豊受大神が最後に天照大神に授けた秘伝は「みちのく」でした。

「みちのく」がどういうものかはよくわかりませんが・・・

神社でいただけるものはそこに祀られる神々の秘伝であり

神寶(かんたから)なんですね。

ところで、話は逸れますが・・・

豊受大神が祀られたアサヒミヤには、ソサノヲも詣でています。

まだ、若かりし頃のソサノヲはそこでアカツチ(ナカツツヲ)の娘

ハヤスウヒメに一目ぼれした場所でもあります。

その後国を揺るがす騒乱の元となったソサノヲが、

サスライの末にアマテルカミに帰順したのもこの近く、

おそらくは久美浜のあたり。

根のマスヒト征伐の論功行賞で出雲という名付いた地にお宮を建てました。

それが神社の始まりだという向きもあります。

神社って興味深いですよね!

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