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うお座の満月に行きたい神社

豊玉姫はウガヤフキアワセズの生みの母です。
山幸彦(ホヲテミ)が失くした兄海幸彦の釣り針を探すために、カメ舟に乗りやってきたところは、八大竜王・海神(ワダツミ、ハデツミ)の宮でした。そこで出会った娘のトヨタマヒメと結ばれ、ヒメは身ごもりました。後に父に呼ばれて皇位についたホヲテミを追っていったヒメでしたが、途中難破しながらもなんとか生き延びて子を出産したのです。あまりにも早く生まれたので、産屋の屋根が葺きあがる前に生まれてしまったので「ウガヤフキアワセズ」と名付けられました。後の神武天皇の父はこれです。つまり、トヨタマヒメは神武天皇の祖母に当たります。

豊玉姫は海神族の娘です。船づくりや航海の安全、海の天候を司る一族の娘です。このお話は一部「浦島太郎伝説」の元になっていて、竜宮城候補地があちこちに出ています。

「モチ(満月)の日」にアマテルカミの目が明いたという逸話があり、とても大切な日なのです。

対馬国一宮 海神神社


住所  長崎県対馬市峰町木坂247
ご祭神 豊玉姫命

山幸彦が九州に上陸したのは日南市の鵜戸神社だと伝わります。日本海側から出発したわけなので、ぐるっと回って鵜戸にやってきたのでしょうか。こちらや和多都美神社がある対馬で、トヨタマヒメと出会ったと考えるのが自然なような気もしますけれどね。対馬ではワタヅミの一族が管轄していて、トヨタマヒメが育った場所なのかもしれません。

 

和多都美神社(わたづみじんじゃ)

住所 長崎県対馬市豊玉町仁位字和宮55
ご祭神 彦火火出見尊 豊玉姫命

 

鹿児島神宮

住所 鹿児島県霧島市隼人町内2496
ご祭神 天津日高彦穂々出見尊 豊玉比売命

山幸彦が鵜戸にたどり着くと、そのいでたちの立派さにハデツミは、このカゴ宮にて8重の畳を敷いてもてなしました。失くした釣り針をどうやって探そうかと困っているのを見て、親切に手を尽くしましたのです。ココかご宮は、ホヲデミとトヨタマヒメが新婚生活を送った場所とみられます。カゴシマ宮は大いにえました。

このあと、未だ開墾されず貧弱な阿蘇の地へ移り治めることになりました。

 阿蘇神社(あそじんじゃ)

住所 熊本県阿蘇市一の宮町宮地3083-1
ご祭神
一宮:健磐龍命 – 初代神武天皇の孫
三宮:國龍神 – 二宮の父で、神武天皇の子
五宮:彦御子神 – 一宮の孫
七宮:新彦神 – 三宮の子
九宮:若彦神 – 七宮の子
二の神殿(右手、いずれも女神)
二宮:阿蘇都比咩命 – 一宮の妃
四宮:比咩御子神 – 三宮の妃
六宮:若比咩神 – 五宮の妃
八宮:新比咩神 – 七宮の娘
十宮:彌比咩神 – 七宮の妃
諸神殿(最奥、いずれも男神)
十一宮:國造速瓶玉神 – 一宮の子。阿蘇国造の祖
十二宮:金凝神 – 一宮の叔父。第2代綏靖天皇を指す

ホヲデミトヨタマヒメの孫が神武天皇です。神武天皇は天皇となる前、こちらを拠点としていたのです。神武天皇がヤマトに朝廷を打ち立てた後、一族の根がここに残ったのですね。

熊本大震災で大きな被害を受けたことはまだ記憶に新しいところです。ホヲデミが開拓したこの地も潤い、次には筑紫の宮に移りました。

筑紫の地も潤いますが、ワタヅミの心配はまだ二人に子がないことでした。
そんな時に、父ニニキネから皇位をホホデミに譲ることが知らされました。急ぎのことでもあり、高速艇である「オオワニ舟」で皇位継承されるミズホの宮へ向かうことにしました。トヨタマヒメはその時懐妊しており、後からゆっくりカメ舟で来るようにと言いました。

 若狭姫神社

住所 福井県小浜市遠敷65-41
ご祭神 若狭姫大神 (豊玉姫命)

このあたりにトヨタマヒメが現れたときの姿は唐人のようであったという伝えがあります。対馬は朝鮮半島とも近く、文化の交流があったことを裏付けます。

途中カメ舟は難波して美保崎に流れ着きます。そこでワニ舟に乗り換えてキタツに向かいました。当地の近く、どこかでにわかに産気づき、ウガヤフキアワセズを産み落としたと考えられます。そして、産後の禊をすませてから御子を抱いて撫でながら、それでも母の恥をほどくためには致し方なしと、子を置いて家を出てしまいます。

川を遡り、ミヅハメの社(貴船神社)に休んだのでした。

貴船神社

住所 京都府京都市左京区鞍馬貴船町180
ご祭神 高龗神(たかおかみのかみ)

トヨタマヒメは貴船神社(ミズハメ社)にやってきました。高龗神とは、トヨタマヒメのことであったのでしょうか!?トヨタマヒメがこちらにいることがやがて夫や父神、弟の知るところとなります。そして、戻るように説得すれどトヨタマヒメはココを出ませんでした。

トヨタマヒメの妹オトタマヒメを後添いに決めて、ウガヤフキアワセズを育てます。

走田神社

住所 京都府亀岡市余部町走田1
ご祭神 彦火火出見命 豊玉姫命 彦波瀲武鸕鷀草葺不合尊

当社の社伝には、子を置いて出奔したトヨタマヒメの代わりに乳母を務めた妹のオトタマヒメ(玉依姫と神社では伝わる)の伝説が残っています。こちらでウガヤフキアワセズはオトタマヒメに育てられたのでしょう。

賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)


住所 京都府京都市左京区下鴨泉川町59
ご祭神 玉依姫命 賀茂建角身命

建角身命(タケズミ)は、九州からトヨタマヒメが出発する時からずっとお妃である姉を守っていました。船の遭難もアリながらも、いつもそばにいて守り、姉の夫の父であるニニキネに、トヨタマヒメを託して山城に賀茂の地を与えます。

夫の父ニニキネは、自らトヨタマヒメの隠れる貴船神社を訪れて、その功績を懇々と諭します。恥じて隠れる必要はない。あなたのしたことはまれなることで、長年の魂の鍛錬があってこその行為の末に皇子を成したのであるから、といってトヨタマヒメの行く末をキチンと仕舞い、神上がりのために高千穂へと向かうのです。世の中に二人といない逸の君と讃えられるはずです。

トヨタマヒメはその後ホヲデミと共に暮らすようになります。そして二人で仲良く神上がったという事です。

 

天皇の祖母という事もアリ、トヨタマヒメは他にもたくさん祀られています。以下は、一説にはこんな社伝を伝えるところもありご紹介します。

奈豆美比咩神社(なずみひめじんじゃ)

住所 石川県羽咋郡志賀町安津見46-97甲
ご祭神 豊玉比咩命

海部の統率者安曇族の祖神
海神大綿津見神の御長女
第一代神武天皇の御祖母
地域の守護神(産土大神)

当地が、山城鴨社の社領であったようです。

和爾賀波神社(わにかわじんじゃ)

住所 香川県木田郡三木町大字井戸字熊田1582番地
ご祭神 豊玉比売命

トヨタマヒメがワニに乗って川を伝い当地で出産したという言い伝えが残っています。ワニとは、ワニ舟のことで、カメ舟よりも高速運航できる船だったようです。しかしながら、古伝によると若狭湾のほうで産屋を建てたというお話があり、はて?どちらが本当なのやら。

 

 

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