ホツマツタヱは古事記・日本書紀の原書ともいわれる書物です。読んでみると私たち日本人の、暮らしの習慣につながる由来が良くわかり、「ひな祭りってこんないわれがあったんだ!」などと驚くことしばしばです。例えば七五三などのことも書かれているのですが、著された紀元1世紀当時から数千年以上も昔に遡ってもすでに定着していたこととして記述されています。

天皇や位の高い人だけが持つ笏「位山のイチイ笏」についても同様です。神の後裔しか持てないとされる笏(ひな祭りのお内裏様が持っている木のヘラのようなアレです)が、位山のイチイから作られるというそのいわれについてはホツマツタヱにも記述がなく、それ以前から脈々と続く文化があったことだけは、うかがい知ることができます。(画像は位山から見た船山と御嶽山)

ホツマツタヱ以前からならわしがある。タケウチスクネがシルベとして各地で聞きとり調査をして記した”あるふみ”の中に、由来がわかる何かが記されているのかもしれない。”あるふみ”とはおそらくは『竹内文書』と言われるものです。

日本にあるならわしの由来を掘り下げると『竹内文書』にヒントが見つかるのじゃないかと期待が膨らみます。そんなわけで、ホツマツタヱ以前の世界をたどる重要ポイントを上げていきます。

八柱神社(長野県伊那郡根羽村) 24度ライン

ご祭神 天照大御神の5男3女神

根羽 という土地。

大船神社(岐阜県恵那市上矢作町字高井戸3107番地の1)24度ライン

ご祭神 白山比売命(しらやまひめのみこと)キクキリヒメ
気比大神(けひのおおかみ)ニニキネの子ホヲデミ
丹生神(にうのかみ)ワカヒメ
高野神(たかののかみ)イブキドヌシ
稲荷大神(いなりのおおかみ)ウカノミタマ
須我神(すがのかみ)ソサノヲ

当社は1060mの大船山に鎮座し修験道の拠点ともなっていたそうで、弁慶が植えたとされる杉があります。途中にも人が入れる杉があり、癒しスポットです。

船岩神社(岐阜県恵那市上矢作町)24度ライン

情報なし

恵那神社(岐阜県中津川市中津川字正ケ根3786番地の1)24度ライン

ご祭神 伊弉諾命(いざなぎのみこと)
伊弉冊命(いざなみのみこと)

天照大御神ご誕生時の胞衣を納めた場所と言われています。アマテルカミのご誕生は常と異なり胞衣に包まれて誕生しました。時が来たので位山のイチイ笏をもってして胞衣を破りご誕生されました。その時の胞衣が待つ垂れています。羽根ライン近くにあるのは意識されてのことかもしれません。アマテルカミは若き日のタケミカヅチに「国絵」を作らせています。日本の地図をお持ちだったのです。

鮒岩・丸山神社(岐阜県中津川市)24度ライン

ご祭神 天照皇大御神
配祀
天水分神 志那都比古神 豊受毘賣神 国水分神
志那津比賣神 伊邪那岐神 大己貴神 菊理姫神

鮒岩といい、魚を模して作った岩、とのことですが「たい焼きに見えた」とのうわさも。ここは羽根ライン上にあり”船”の方ですね。飛行艇を模した岩ということで『ムー』にも掲載されたようです。古い由来は全くわかっていないそうです。
神社自体、こんもりした丸い山(丸山)の上にあるようですから、恐らくは人口のお山でしょう。元々は白山神社だったとのことです。

笠置神社・笠置山(岐阜県恵那市中野方町2676番地の1)

ご祭神 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
伊邪那美命(いざなみのみこと)
天児屋根命(あめのこやねのみこと)
火産霊命(ほむすびのみこと)
水分神(みくまりのかみ)
誉田別神(こんだわけのかみ)

創建 982年

ピラミッド型巨石が多数あるお山。「 昔時中野方村の中仙道たりし頃、花山院仏道に帰入ましまして、東国を廻り給ふ際、茲に玉杖を休め給ふに、南なる高岳の岩焼として雲に聳へたるは宛然として都の笠置に彷彿たりと叡覧ありし」との謂れ。

大舩神社(岐阜県加茂郡八百津町八百津4424番地)位山羽根ライン

ご祭神 大船大神(おおふねおおかみ)

八百津だんじりという祭りがあり、船形のだんじりが引かれるそうです。

岐阜県萩原町羽根 位山羽根ライン

特記事項なし

位山(岐阜県高山市)東経137.11羽根ライン

ご祭神 天照日の大神、天の常立大神、国の常立大神

天神第7代、天照日の大神がこの世に降り立ち政を行ったのが位山に築いた宮だとされています。昭和の半ば頃、彫刻師に位山を守護する龍神からご神託が降り、太陽神殿や人面龍などが築かれて、ながらく人が上らなかった位山が開山したということです。現在は巨石が点在する、知る人ぞ知るパワースポットになっています。

位山は、里にある飛騨国一宮水無神社の奥宮になります。
里宮で行った日本の政により民も繫栄して世界を統べるひな型となりました。次世代から日本を中心とした世界統治時代に突入していきます。

飛騨一宮水無神社(岐阜県高山市)位山羽根ライン

ご祭神 御歳大神

日本の政の中心であった水無神社のご祭神は御歳大神で、境内摂社末社がとんでもない賑わいをみせています。「八百万の神々を神集めに集め、神図りに図りて」という祝詞さながらの集まり方です。元伊勢皇大神宮に行って、神々が集まる威容の面影を見たのですが、当社の神々の列席はそれ以上ではないかと思えるほどです。ここが、相当重要な場だったことを示しているのではないでしょうか。

この水無神社の拝殿の方向ですが、御嶽山を遥拝する形になっています。御嶽山のご祭神は国常立命ら三柱です。クニトコタチと双子のような神が実はトシノリカミなのです。神智学で言う「ロゴスとソフィア」の関係に似ています。水無神社では「御歳大神」としていますが、トシノリカミのことだと思われます。クニトコタチとトシノリカミのタッグでこの世に生きる民の暮らしを整えていったのですね。

御嶽山は、富士山が現在のカタチになる以前から今の威容を誇っています。竹内文書で皇統14代クニトコタチの神が日本に降り立ったのは世界中で大陸が沈むなど天変地異が起きた後の事。御嶽山は日本の中心に位置しつつ最も標高の高い部類のお山だったと思われます。そこをクニトコタチの神の依代としたのだと考えられます。元宮があった位山を奥宮とする里の水無神社が、その時代から御嶽山を遥拝したのかもしれません。

御旅所ー臥竜公園(岐阜県高山市)

公園に点在する線刻がのこる岩はやはり磐座で、御旅所に向かう一本道は古代の滑走路ではないかという意見もあります。このラインは位山に向かうというよりは、冬至の日の出ラインに符合するということです。

船山(岐阜県高山市)24度ライン

山なのに船と名づく場所は古代アメノウキフネの発着所だったという話は真実味を帯びてきている現在です。位山から歩いて行けるところにあり、やはり巨石があるというお話。

富山、石川、愛知の羽根ラインはこちらから
⇒【超パワースポット】羽根ラインの神社・遺跡を旅する

 

 

超古代、日本が地球の真ん中で、日本が世界のひな型で、世界統治を始めたというその場所に行ってみたいと思うのは、そこで日本人としての矜持の元にある根源のルーツを感じ取りたいからです。日本をあるべき姿に戻すことはすなわち自分自身をあるべき姿に戻すことでもあります。五感を研ぎ澄まして日本屈指のパワースポットに行きたいです。

 

五感を研ぎ澄ます神社浴のやり方がわかります↓

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