片山神社総本社(名古屋市東区)317番目。
由緒より
修験道の開祖役小角(役行者)により 天武12年(684)愛知県内で最初に崇め祀られた格式たかい古社で 主神(祭神中 主体として祀られる神)蔵王大権現(大和の霊峰 大峰山・吉野山の祭神) 右神 国狭槌尊 左神 安閑天皇 が祀られております
国狭槌尊は 天常立神-国之常立神-国常立尊 (神代-神世七代の最初の神)と同神 国土形成の神で 天地の中心にあって永遠に天地を主宰する
安閑天皇(第27代・466~535)名は勾大兄 おくり名を広国押武金日 継体天皇の第一皇子 母は大和国葛城の尾張連草香の女目子媛 大和の勾金橋(今の橿原市曲川町)に都し 仁賢天皇(第24代)の女の春日山田皇女を皇后とする
役行者は天武12年(684)天武天皇の勅命をうけ三河国に滝山寺を開山の途次片山神社を現在地に金剛蔵王大権現を宗祀され 後685-86年岡崎北辺の山中に滝山寺を建立されました
天武8年(690)にも 役行者は 天武天皇の勅命により 大和に室生寺を開かれました
古代法典「延喜式」五十巻中の巻九「神名上」巻十「神名下」(神名帳)に収録されている 神名神社宮中をはじめ全国で 3132座(このうち36座が宮中)(2861社)
片山神社は巻九「神名上」尾張国山田郡19座の首位に記載されております
拝殿右側奥の石垣の間に桜町天皇(第115代)の御代(250余年前)に祀られた千手観世音の石仏が(吉野山産の緑の石)また左側の古木ご神木には 蔵王さまのお使いといわれる大峰山上竜ノ口の竜神さまが祀られております 蔵王さま 観音さま 竜神さまにまことを込めてひたすらにすがる祈願があきらかにかなえられることは 大昔からお参りの人々により有名であります ⇒
天武天皇の勅命により役行者により創建されたということです。
手水舎の周囲に竹筒を廻らせてあります。
これも一種の祓いでしょうか。
片山神社。
祭神 安閑天皇
国狹槌命 ホツマツタヱによると二代アマカミ
天七代のお話です。
ホツマツタヱ あめななよとこみきのあや
かみそのなかに あれまして
くにとこたちの とこよくに
やもやくたりの みこうみて
みなそのくにお をさめしむ
これくにきみの はしめなり
よつきのかみは くにさつち
さきりのみきお うけされは
さつちにをさむ
そして、と・ほ・か・み・え・ひ・た・めの八御子はそれぞれ5人の子を設けました。
社殿左側の境内社。右から
秋葉社。
香良須社。
こちらのおからすさんは「須」の字を使っています。
東海市の八柱神社境内と同じです。するとご祭神はイサナミさんか?
実は豊田市にも同じ字で同じように八柱神社の隣に香良須神社があります。
豊田市のご祭神はワカヒルメのようですので、片山神社の香良須社についてはどちらかわかりません。
雅日女命を祀る神社は、思っているより沢山あります。
子安、安産というとコノハナサクヤヒメなどをお祭りしていることが多いのですが、「女性の守り神」といえばお香良洲さんというのは慣例だったのかもしれませんね。
なぜかと言えば、やはり「ゐせのみち」に関係していると思えます。
アマテルカミから賜った「ゐこころ」とは「おんなのみち」のことを言うのでしょう。
総社である津市の香良洲神社はもともと生田神社を勧請したお社です。
生田のご祭神雅日女命はアマテルカミの和霊とされているのです。
一方、同じく「ゐこころまもれ」とヲシテを賜ったセオリツヒメの方はアマテルカミの荒霊なのですね。廣田神社、六甲神社などご縁の深い神社です。六甲とはムカツヒメ(セオリツヒメ)が由来だそうです。
金刀比羅社。
玉津島社。
和歌山の玉津島神社。ご祭神は香良洲社と被ってます。
こういう場合は役割で分けていると言う事なのかもしれません。
玉津島は和歌の神様。香良須は”がしゐ”を枯らす神。「ゐこころ」の片割れの神さまです。
稲荷社。
大峰山上竜ノ口の竜神さま?ご神木ごしに本殿が見えます。
次に右側。
浅間社。
観音大神。
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